邂逅と後悔・5
「クリス…話がある」
リヒャルトが一礼して去った後、エドゥアルトは静かに言った。
カミルはそれを聞いてリヒャルトと同じように礼をし、その場を辞した。
「私からの報告は何もないよ、エド」
クリストフは残念そうな声色で肩をすくめてからソファに座った。
エドゥアルトは執務机に着いたまま、どこか思案顔で沈黙してから、クリストフへと向き直った。
「君は…どう思う」
何のことを問うているのか理解はしていたが、クリストフは「何を?」と敢えて訊ねてエドゥアルトを見返した。
いくつか年上のこの上司は、今はとても不安そうな色を瞳に浮かべている。
「私のしていることは間違っているか」
落ちた言葉は澄んでいて、エドゥアルトはもしかしたら間違っていると言って欲しいのかもしれないとクリストフは考えた。
けれどクリストフはその優しい言葉を差し伸べなかった。
そんな権利も資格も自分にはないから。
「それは君と…イェルクが出す答えだ」
突き放した訳ではないけれど、クリストフが見つめた瞳は揺れていて、なにか物別れになってしまったような気持ちで、クリストフはその顔をじっと見ていた。
雨は止まない。
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ザシャの匂いがする。
上下に浮遊する意識の中で、ルドヴィカはそう思った。
汗臭いなんて嘘。
それは、ちょっとはそう思うことはあるけれど、本当はおひさまみたいな匂い。
ザシャが毎日気を付けているのも知っている。
香水が苦手なルドヴィカのためになにもつけていない彼は、毎朝身ぎれいにしてからルドヴィカの許に来る。
途中で汗臭くなることはあるけど。
ルドヴィカの従者としてシャファト家にやってきたザシャは、ルドヴィカの高祖父母に当たる人の玄孫だ。
高祖父母の娘(曾祖叔母)は平民の男性と結婚した。
なのでシャファトを名乗ることもないが、ザシャの故郷であるウンシュルディヒでは未だに『シャファトのお姫さん』の話が残っているのだそうだ。
4年以上前に身元のしっかりとした従者を、と、親戚筋を辿ってザシャに行き着いた。
探してくれたのはシャファト領経営においてヨーゼフの補佐を務めてくれているフース・ファン・アスだった。
ザシャはちょうど大学を卒業して家の事業を手伝っていたところで、事業拡大のための準備を全てザシャが請け負っていたのだという。
それを聞いたのはずっと後になってからだったけれど、ルドヴィカは「どうしてわたくしの従者になったの?」と訊ねた。
「俺はシャファトのお姫さんの子孫だからなぁ。
シャファトのお姫さんを助けるのは当然だよ」
むしろさっさと行けって家追い出された、とザシャは笑った。
ザシャが来てくれて良かった、とルドヴィカは思った。
ぼんやりと目を開けるとザシャの日焼けした顎の線が見えた。
気付いて、少し俯けられた顔は、表情は見えなかったけれどとても優しかった。
「まだ寝てていいよ、お嬢様」
やんわりと告げられた言葉に少しだけ頷いて、ルドヴィカはもう一度目を閉じた。
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「おかえり」
ユーリアを馬車で下宿まで送って、ルドヴィカを抱いたザシャとヨーゼフを玄関先で迎えたのはイェルクだった。
「早いな、どうした」
既に着替えていて、袖なしベストを着ずにシャツとスラックスという楽な出で立ちのイェルクに、ザシャは少しだけ違和感を持って首を傾げたが、それがなにかはわからなかった。
「じーじ、話せる?」
真っ直ぐにヨーゼフの目を見据えてイェルクは言った。
「ああ、いいぞ」
ヨーゼフは頷いて、すぐにイェルクと共に階段を上った。
ザシャはふたりが談話室に入るのを見届けてから、考えても仕方ねえや、とルドヴィカを寝かせるためにラーラの待つ部屋へ向かった。




