邂逅と後悔・3
どこまでルビ振るべきか悩んでます…
結局なんやかやと昼を食べるには遅い時間になってしまって、ユリアンは行くと言いながら渋り続けたヴィンツェンツをトビアスと両脇から確保し、廷臣宿舎食堂へと赴いた。
「もう定食ははけただろうなぁ」
「何食べようかー?」
「カツ丼て知っているかい、トビアス?」
「なんだい、それ」
「謎の食べ物なんだ。
頼んでみようか」
「えー、なにが出てくるかわからないの?怖いなぁ、それ」
「…豚肉のコートレットに卵をかけて、飯の上にのせたもの」
ぼそりとヴィンツェンツが言って、両脇からふたりはその顔を見た。
「食べたことがあるんですか、ヴィン?」
「…ある」
「食堂のメニューにはなかった気がするけどねぇ?」
「…ない」
「どこで食べたんです?」
「…夜、何でもいいから、と言ったら出てきた」
廷臣宿舎に寝泊まりしているヴィンツェンツは、人気のない夜間は食堂へと行っているらしい。
ユリアンはため息を吐いた。
「あんた、その、慣れた人以外へのひどい人見知り、いい加減直しなさい」
「……」
「そうだねぇ、実際仕事にも支障があるんだし。
そろそろこうやって訓練していかなきゃねぇ」
「…やだ」
「やだじゃないですよ、いつぞやあんたを宮中伯会議に行かせるのにどんだけ苦労したと思ってるんですか。
そもそもあんたこの前わたしもいないのにウチに行ったでしょうが。
やればできるんだから少しは気合い入れなさい」
「……」
都合が悪いと全力で聞こえないふりをするのがヴィンツェンツである。
「さて、じゃあ今日は折角ですし裏メニューのカツ丼でもみんなで食べますか。
あんたが頼んでくださいよ、ヴィン。
あんたしか食べたことないんですから」
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「…とりあえず、着替えた方がいいな。
イェルク、制服の予備を貸してもらおう」
ランドルフはそう言うと自ら事務棟の入館窓口に歩み寄り、そこから面白そうに様子を窺っていた職員に声を掛けて頼んだ。
すぐに奥に引っ込んだ事務職員はイェルクのことを知っていたのか、ぴったりのサイズのものを持ってきて、「隣の部屋開けましたので、そこでどうぞ」と、なにか訳知り顔でぼそぼそと言った。
イェルクは一礼し、受け取った制服を持って部屋に入った。
スヴェンも、ランドルフも。
誰も何も問おうとしなかった。
気怠い仕草で靴を脱ぎ、そして重くなった制服を脱ぐ。
夏服だからか下着までびしょ濡れの状態で、着替えても意味がない気がした。
肌着をとって床が濡れることも構わずに絞った。
できた水溜まりを何も考えられない頭で眺めた。
ふと目を上げたときに、向こう側の壁に鏡が掛かっていることに気付いて、イェルクはそこへ向かった。
酷い顔をしている自分がとてもおかしくて、でも笑えなくて、むりやり作った笑顔は、泣いているようにも見えた。
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「――何を話していたんだ?」
びしょ濡れのままシーラッハ氏と共に馬車に乗り込み、リヒャルトは無表情で窓の外を眺めていた。
問われた言葉はどこか遠くに聞こえたが、唇を動かさずに「私の家のことを」とリヒャルトは呟いた。
実際には自分のその声の方が、何かを隔てた先から聞こえたように思えた。
シーラッハ氏はそれ以上何も訊かなかった。
意味がないから。
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「ありがとうございます!」
今度こそ満足したのか、はち切れんばかりの笑顔でユーリアが言った。
「お役に立てたのでしたら」とヤンは控えめに息を吐いた。
「すごくイメージが固まってきました!いい画が描けそうです、ありがとうございます!」
嬉しそうに写生帳をめくって眺めるユーリアに、ヤンは微笑みつつ訊ねた。
「どんな絵を描こうとされているのですか?差し支えなければ」
ユーリアは咄嗟に答えてしまいそうになったが、『いねむりひめ事業計画』は秘密裏に遂行されている最中であることを思い出して慌てて別の言葉を探した。
「…えっと…ルドヴィカ様に依頼されたものでして…できるまで、秘密です!」
ヤンはその言葉にさらに笑みを深めた。
「どんなものになるんでしょうね?本当に楽しみです」
掛け値なしに言うと、ユーリアは嬉しそうに笑った。




