居眠り姫と王女様・20
ここにたどり着くまでに20話(ry
「殿下、ご自身で歩きませんか」
「いやです!」
王宮本殿への扉をくぐった後、ヨーゼフの問いかけにメヒティルデは即答した。
短期間でさらに甘えん坊に育ててしまった、とヨーゼフは海より深く反省した。
「わたしの孫と従者に、殿下のお部屋がどちらか案内してほしいのですよ。
殿下を訊ねてきた客ですから」
ヨーゼフの首にしがみついていたメヒティルデは、その言葉を聞くと身を起こした。
そしてルドヴィカとザシャを見てにっこりと笑う。
「あるきます!」
下ろしてもらって、メヒティルデは小走りに先陣に着いた。
一度3人を振り返り、再びにこりとすると、前を向き直って揚々と歩きだした。
その姿にザシャは笑ってしまった。
それにしてもよく迷わないものだ、とルドヴィカもザシャも思った。
たぶん王宮本殿の広さはシャファト家の敷地面積の十倍でもまだ及ばず、中の廊下は入り組んでいる。
途中で幾人もの警備に当たる近衛とすれ違い、その度に道を譲って頭を下げられる。
自分に対してではないとはわかってはいてもザシャは居心地悪い思いをした。
そして絶対にひとりでは来れないし帰れない、とルドヴィカとザシャは気持ちを同じくした。
「ここです!わたくしのへやです!」
近衛騎士がひとり立っている戸口を差し、メヒティルデは笑顔で告げた。
取り立てて豪奢でもない扉なのは、他の部屋と差別化しないことによる安全対策のためだ。
これだけ多くの近衛が巡回している本殿に賊が押し入るなどということは万が一にもあり得ないが、用心をし過ぎて命を取られることはない。
ますますひとりではたどり着けないとルドヴィカはため息を吐いた。
「お帰りなさいませ、メヒティルデ殿下」
戸口の茶髪に緑色の瞳の近衛騎士が微笑みながら言った。
「おきゃくさまなのです!ナディヤをよんでください!」
「中にいらっしゃいますよ。
お客様に私からご挨拶をしてもよろしいですか?」
「はい、ゆるします!」
ルドヴィカたちへと向き直り、近衛騎士は礼を取った。
「メヒティルデ殿下付きの近衛のひとり、ギード・ブラッハーです。
お待ちしておりました、シャファト家の皆様。
どうぞギードとお呼びください」
どうしてどいつもこいつも近衛ってもんは嫌味なく爽やかなんだよ、とザシャは内心やさぐれた。
「ご挨拶ありがとうございます。
ヨーゼフの孫娘、ルドヴィカでございます。
どうぞ宜しくお願い致します、ギード様」
ルドヴィカが淑女の礼を取るのを見届けると、ギードはザシャへと目を向けた。
名乗ることにしてザシャは軽く頭を下げた。
「ザシャ・ギーツェンです。
ルドヴィカお嬢様の従者です」
そするとギードが笑顔でザシャに近付き手を差し出した。
一応ザシャがそれを握るとかなりの握力で、ついでに空いている手で上腕のあたりをがしっと触られた。
なんだこいつは、とザシャは面食らった。
「…鍛えている?かなり体ができているね。
近衛に引き抜きたいくらいだ」
「…えっと。
大したことはしてないっす。
ふつーに筋トレくらい」
「もったいないな、まだまだ作りこめるだろう。
今度近衛の訓練を見に来るといい、きっといい刺激になる」
「ギードはくんれんのはなしばかりです!」
メヒティルデが抗議の声を上げると、はっと我に返ってギードは「失礼しました」とメヒティルデに向き直った。
ノックの上で扉を開く。
メヒティルデが入ると、ヨーゼフが「入ろうか」とルドヴィカとザシャを促して先に入った。
そこは、一国の王女の部屋としては割かし質素な、けれど小さな女の子の部屋と考えれば十分に愛らしい部屋だった。
寝室は奥にあるのだろう。
応接をかねている入口の間は、壁際にある化粧箪笥に様々な人形やぬいぐるみが飾られ、子ども向けの遊戯盤なども見られた。
ルドヴィカは背の低い本棚に、自分も持っている絵本の背表紙を見つけて少し嬉しくなった。
「『メリッサとそらいろのいぬ』をお持ちなんですね、殿下」
ルドヴィカが訊ねると、隣の部屋から手を引いて侍女を連れてきたメヒティルデは目を丸くした。
「メリッサのおはなしをしっていますか?」
「はい、知っています。
わたくしも持っていますもの」
ルドヴィカが微笑んで言うと、メヒティルデは花がほころんだように笑い、侍女の手を離して本棚に駆け寄った。
「これもあります!『パンケーキになにかける?』」
「まあ、それはどんなお話ですの?」
取り出して掲げて見せた絵本を、メヒティルデは開いて見せようとして取り落とした。
ヨーゼフが笑いながら、「殿下、座って見せてあげてはどうですか?」とソファへと促した。
連れてこられた側付き侍女は挨拶の機会を失いすこしまごついたが、メヒティルデがはしゃぐ様子をどこか安堵した表情で見守った。
「すまないね、ナディヤ夫人。
孫を紹介したかったのだが」
侍女は首を振った。
「いいえ、わたくしのことなどいいのです。
…殿下が楽しそうで、嬉しゅうございます」
ヨーゼフも同じように微笑み、「なになに、俺にも教えてー」とソファに寄って行ったザシャを、殴るのは家に帰ってからにしようと思った。




