居眠り姫と王女様・19
いつも読みに来てくださり本当にありがとうございます!
先日「いねむりひめとおにいさま」にインスパイアされたショートストーリーをいただきました。
後書きにて紹介させていただきます。
「…殿下、風邪をひいては困ります、室内に戻りましょう」
ヨーゼフが手を差し伸べたが、メヒティルデはそれを取らずにユーリアをじっと見た。
「…わたくしを、かきますか?」
返答に困ってユーリアは目を泳がせた。
「…かきませんか」
少しだけしょんぼりとした声色に、ユーリアは慌てて「描きます!」と言った。
そして「あ」と口元を手で覆った。
メヒティルデは照れたような笑顔を浮かべてから、得意げにヨーゼフを振り返った。
「わたくしをかきます!」
「違う日に描いてもらいましょう、今日はあいにくこんな天気です。
ユーリア嬢は王宮本殿に入ることはできません。
ここでお別れです」
「いやです!」
「殿下、聞き分けてください。
ユーリア嬢はまた来てくださいます」
まじですか、とユーリアは心でつっこんだ。
「またきますか?」
向き直ってメヒティルデに訊ねられて、否定できるわけもない。
ユーリアは背筋を伸ばして「はいっ」と答えた。
「わたくしを、かきますか?」
「はい…必ず」
ユーリアが頷くのを確認し、にこりと微笑むとメヒティルデはヨーゼフへと両手を伸ばした。
苦笑しながらヨーゼフが抱き上げると、メヒティルデはまたくしゃみをした。
「ではわたしたちは中へ。
ユーリア嬢、申し訳ないがこれより先はご一緒いただけない。
ヤンに案内を頼んでいるから、そちらに従ってくれるかな」
「は、はいっ、わかりました!」
「では参ろうか、ルイーゼ。
…おまえもだ、ザシャ」
ちゃっかりユーリアについて行こうと気配を消していたザシャの思惑を見抜いて、ヨーゼフはひと睨みした。
****
4人の姿を見送るとき、ヨーゼフの肩越しにメヒティルデが笑顔で手首をくりくりと回した。
誰かがしていたさようならの手振りを真似たのだろう。
不敬に当たるのかもしれないが、ユーリアも笑顔でそれに手を振った。
その様子を笑顔で見守った後、ヤンが口を開いた。
「先程描いていただいた、丸屋根四阿へご案内しましょう、ミヒャルケ様」
様付けで呼ばれたことにびくっとし、ユーリアは慌てて「え、あ、はい、あのっ、ユーリアで!」と答えた。
「承知しました、ユーリア嬢。
どうぞ、こちらへ」
先程入ってきた入口から正面と左右、三方に回廊が分かれていて、ユーリアが慌てて画材を取り上げると、ヤンはそのうちの右側の回路へと歩を進めた。
中庭を横切ればすぐなのであろうが、霧雨とはいえ雨天なので、屋根のある回廊を選んだのだろう。
写生帳の湿り気を気にしていたユーリアとしてはありがたかった。
「…あまりよくご事情は伺っていないのですが、ユーリア嬢はルドヴィカ嬢のお抱え画家なのですね」
ユーリアの歩幅に合わせてゆっくりと進む中、ヤンが訊ねた言葉にユーリアはどう答えたものかと思案した。
「…そういうことに、なるんだと思います。
今はお仕事の契約しかしていませんが、今後もご支援いただけるとのことでしたので…」
「そうですか、それは良かったですね。
シャファト家の後見とは、なかなか得られるものではない」
面白そうな声色でヤンが告げ、そもそも貴族位からの後見がなかなか得られないものと解釈しているユーリアは、どうとらえてよいかわからず曖昧に微笑んだ。
「こちらですよ。
先んじて準備はさせておきました」
招き入れられた丸屋根四阿は、中央の回廊から見るよりもずっと大きく、また設備も整った本格的なものだった。
侍女がひとり控えており、ユーリアの入室に合わせて腰を折った。
「どうぞお好きにお使いください。
私は戸口に控えておりますので、御用がありましたらお声がけを」
そういって中に残されたユーリアは、白亜のその空間を何とも言い難い気持ちでぐるりと見まわした。
ユーリアの下宿の部屋が5つは入りそうな敷地面積だ。
「なにかお飲みになられますか」
侍女が沸茶器を載せたワゴンの傍で訊ねた。
トイレが近くなるのでやめときます、と言おうとしたがなんとここは手洗いまで併設されている。
「おっ、おかまいなく!」
がちがちに緊張してユーリアが答えると、ふんわりと微笑んで侍女は器用に火口を使って火をおこし、湯を沸かし始める。
その様子を描きとめたくてとっさにユーリアは写生帳を構えたが、勝手に描いてはいけないかと思い断わりを入れることにした。
「あの…描いても構いませんかね…?」
「えっ」と侍女は面食らったように固まった。
「あの…その、作業されているところを。
写生、させていただければ、と…」
侍女はびっくりした様子で言葉を失ったが、ややあって「はい、わたくしでよろしければ…」と小さな声で応じた。
立派なテーブルセットがあったがもちろんその椅子は使わず、ユーリアは正面から侍女と円形の沸茶器の様子が見える位置に愛用の踏み台を置いた。
どうしてよいかわからず侍女は戸惑ったように硬直していたが、これ幸いとユーリアはコンテを写生帳へと滑らせた。
「ありがとうございます!」
10分もしない内に満足気にユーリアが言った。
侍女はおずおずと「いえ、お役に立てましたなら幸いでございます」と述べた。
様子を見ていたのか、ヤンが戸口からやってきた。
「沸茶器を描かれたのですか?…ああ、これはすごい。
カーヤ、見せてもらうといい。
君が描かれている」
写生帳を侍女の方へ向けて差し出すと、ためらいがちに侍女は近付いてきた。
覗き込むと「まぁ…」と目元をほんのりと染めた。
「あの、嬉しゅうございます、ありがとうございます、お嬢様」
さすがに自分がお嬢様はないだろう、とユーリアは思ったが、ヨーゼフが身元保証人という事実を思い起こし、否定するのをやめた。
「あなたは人物画もお上手なのですね、ユーリア嬢。
私は芸事には疎いですが、あなたが腕の良い画家なのだということはわかりますよ。
雅号はなんとおっしゃるのです?」
「アーベル…」
名乗りかけてユーリアはとまった。
違う、わたしはもう『アーベル・プリンツ』じゃない。
「ユーリア・ミヒャルケです」
少しだけ目を張って、それからヤンは微笑んだ。
「よい名です」
少しだけユーリアは泣きそうになって、目をしばたいた。
更新が不定期になっているにも関わらず、変わらずに読みにきてくださっているすべての方に感謝します。
また、最近読みにきてくださったばかりの方、貴重な時間を割いてこのお話を読んでくださってありがとう。
読んでくださった方の中で、インスパイア作品をくださった方がいらっしゃいました。
とてもありがたいことです。
本編よりしっかりした内容で動揺しました。
ぜひご一読くださればと思います。
https://ncode.syosetu.com/n5893fn/
童話【居眠り姫と王子様】
作者:もふもふもん
リンクをページの下、スピンオフ作品のリンクと共に貼りますので、そちらからどうぞ。
また、わたしも活動報告でショートストーリーを書いたため、URLを記載します。
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1539309/blogkey/2334613/
こちらはいずれ短編集として加筆修正の上で投稿しますので、今読まれなくても構いません。
いろいろな方に支えられて「いねむりひめとおにいさま」がある、と実感しています。
本当にありがとう。
その言葉のみです。




