居眠り姫と王女様・14
ここにたどり着くまでに15話かかりました(遠い目)
すべてをしっとりと包む雨が広がり、昼食後皆で応接間にてくつろいでいるところ、両手に土産を下げたヨーゼフが帰ってきた。
「…食べきれないから包んでくれ、と言ったら、持たされてね」
どう見てもシャファト一家全員で食べてもまだ余りそうな惣菜の数々だった。
王宮の惣菜てなんだよ、惣菜て、とザシャは思った。
リーナスにそれを預けて、ヨーゼフは言った。
「ルイーゼ、今から殿上しよう」
「ええっ?!」
さすがに驚いてルドヴィカは声を上げた。
「そっ…そんな急に…どうしてですの、おじい様?」
「メヒティルデ殿下がもう、限界なのだよ。
これ以上わたしひとりに依存させたくない、ルイーゼ、おまえが友人になってあげてくれ」
こんなに早く王宮に赴くことになるとは思わず、ルドヴィカは心の準備が追い付かず言い訳を探して視線をうろうろとさせた。
「ええっと…ええっと…ユーリア様が!お客様がみえていますの!きょ、今日は難しいですわ!」
黙っていたユーリアは申し訳なさそうに口を開いた。
「いえ、お邪魔になるつもりはありません。
今日はもう写生は無理そうですし、すぐお暇します」
万事休す。
自分にも火の粉が降りかかるザシャも援護に回った。
「いや、いや、俺描いてって約束じゃん?ミヒャルケさん。
本降りになりそうだし、もう少しいなよ!それに、しばらくは写生に通うって言ってたよね?」
「その写生というのは、ここじゃないとできないのかな、お嬢さん?」
ヨーゼフが微笑みながらユーリアに訊ねた。
「君のことはルイーゼから聞いているよ、とても才能のある、すばらしい絵描きさんとのことじゃないか」
ユーリアは真っ赤になって硬直した。
「いっいえっ、そんなことはっ!」
「謙遜することはない、写生帳を拝見したよ。
それに君自身についても頂いた身上書に齟齬がないか調べさせていただいた。
とても良い評判をお持ちだね、ユーリア嬢」
いつの間に、とルドヴィカとザシャは思った。
「せっかく来ていただいているのにお帰りいただくのは心苦しいからね。
よっかったら、一緒に王宮まで来ないか。
中には入れられないが、その手前の回廊なら、雨に当たることなく中庭の写生ができるだろう。
そこくらいまでなら、わたしの顔でどうにかなる。
どうだろうか?」
ルドヴィカ、ザシャ、ユーリア、三者三様の意味で目を見開いた。
「…い、いくっ、いか、いかせてください!王宮、王宮の中庭!はい、はい!お願いします!」
思わず立ち上がり、手を組み合わせて祈るようにユーリアは目を輝かせた。
創作者のユーリアにとって、普段見ることのできない場所の写生をできるなど、またとない好機だった。
ルドヴィカとザシャは絶句した。
王宮に行かない口実にしようと思っていたユーリアが、まさかの王宮支持派。
ヨーゼフはにっこりした。
「決まりだね、では、行く用意をしようか?」
ヨーゼフにかかれば小手先の言い逃れなど、論駁の材料でしかないのだ。
****
きっちりと割り勘して定食屋を出たイェルクたち三人は、その足で警ら隊統括本部へと向かった。
その中の警ら隊2班が拠点としている場所が事務棟と呼ばれており、その一室で、王宮騎士団の使いの者らと話し合う手筈になっている。
玄関口に来ると、2班副長のディーデリヒ・バーデンがうろうろしながらこちらを待っていた。
「遅かったな」と言われたが、イェルクが懐中時計を確認すると、45分も前だった。
ついてくるように言われて後に続く。
事務棟の奥まで行くのは初めてだったので、物珍しくてイェルクはきょろきょろと周囲を見回した。
「先方はまだ来られていないのでしょう?」
ランドルフが訊ねると、「まだです」と言葉少なにディーデリヒは答えた。
部屋は警ら隊の施設内としてはわりと華美な装飾がされている大部屋で、めったにないこうした機会のために用いられるものなのだろう。
2班隊長のエッケハルトが、窓の外を見ながら考え込むように待っていた。
「先に訊いておくが、結論はどうなんだ」
エッケハルトの問いに、イェルクはその目を見返して即座に「いきません」と答えた。
大きなため息が漏れた。
「勘弁してくれ…これ以上のお上からの締め付けは、本当に厳しい」
その言葉にイェルクは反応した。
「…なにか、されてるんですか?」
「言ってないのか、ランドルフ」
「必要ない、俺たち管理職がきりきり舞いすればいいだけのことだ」
「その前に胃がきりきりしてるんだよ」
「隊長…なにが…」
「この話し合いが終わったら説明する。
とりあえず、お前は目の前の問題に集中しろ」
「…早いな、来たぞ」
窓の外を見やってランドルフが言うと、ディーデリヒが茶器の用意を始めた。
イェルクは窓のそばまで寄ってランドルフの視線の先を見た。
王宮騎士団からのものと一目でわかる馬車が、停車場に入るところだった。
「では…私が行ってくるか…」
心底嫌そうに言うと、エッケハルトは迎えのために部屋を出て行った。
スヴェンは壁際に無言のまま控え、イェルクもそれに並んで待つことにして隣に行き、同じように眉間に力を入れた。
ややあって、ノックがされ、返事を待たずに扉が開かれた。
エッケハルトが入室を促すと、話には聞くがイェルクは会ったことのない、大柄な黒い短髪の騎士が入ってきた。
彼はすぐにイェルクへと視線を向け、じっと見た後に無言で微笑んだ。
そしてもうひとり入室してきた。
眉間のしわを貼り付けたまま、イェルクはそちらに目をやると、まだ若い騎士だった。
少し不安そうな様子のその人物が向き直り、イェルクを見た時、思わず「は?」とイェルクは呟いた。
「…リヒャルト?」
呼ばれた騎士は少しはにかむように、その視線を返した。
「…久しぶり、イェルク」




