居眠り姫と王女様・6
深夜投稿すみません
メヒティルデは来客の様子が見渡せる二階の窓際に椅子を寄せ、立ち膝で外を眺めていた。
ここ最近遊び相手として目している初老の男性を待っているのだが、いつもなら午前の内に姿を見せ、午後には一緒に遊んでくれるその人が今日は来なかった。
不器用な頬杖をついてじっと待っていると、側付き侍女のナディヤが「殿下、お行儀が悪うございます」と窘めた。
「ヨーゼフがきません」
眉根を寄せて抗議の声を上げると、侍女は答えた。
「ヨーゼフ様はお忙しい方です。
毎日殿上されるわけではありませんよ」
「でも、おもうさまとわたくしのはなしをしているのです」
「ええ、殿下の淑女教育に関して、大事なお話をされていますよ。
きっと今は色々な準備をされているのでしょう」
「なんのじゅんびですか?」
「殿下のお話相手を決めていらっしゃるのです。
ヨーゼフ様もずっと王都に居られるわけではありませんから」
メヒティルデは大きな目を瞬いた。
「ヨーゼフは、おうとにいませんか?」
「ええ、いずれかはご領地に戻られますよ」
「ごりょうちは、とおいですか?」
「そうですね、とても遠いです」
「いつ、ごりょうちにいきますか?」
「陛下とのお話も終えられたようですので、もうすぐだと思いますよ」
メヒティルデは椅子から降りて、侍女へと駆け寄った。
「ヨーゼフは、もうこないですか?」
侍女は逡巡したが、曖昧に頷いた。
「もうしばらくは、いらっしゃらないかもしれません」
いっぱいに目を見開いて、メヒティルデはその言葉を受け止めた。
たたた、と小走りで、メヒティルデは部屋にあった化粧箪笥の陰に行きうずくまった。
「…ふ…ふぇぇ…ん」
膝に顔を埋めて静かに泣くメヒティルデの小さな背中を見て、侍女は胸を打たれた。
そしてすぐに行動した。
部屋の扉を開け、そこで警備の任務に就いている近衛兵にいくらかの説明をする。
彼は部屋を覗いてメヒティルデの姿を見やると、痛ましげに顔をしかめた。
そして侍女に向かいひとつ頷くと、代わりの近衛をそこに立てて自らは国王秘書官室へと向かった。
****
二度ほど手紙のやり取りをして、ユーリアはもう一度絵筆をとった。
ルドヴィカ・フォン・シャファト嬢からの手紙は殆ど誰に対するものかわからない礼賛に溢れていて、かえって冷静になれた。
その言葉に一切の欺瞞を感じないし、一度会った印象からも、あの少女がなにかごまかしや当て擦りをするような人間だとは思えなかった。
けれど。
途中まで滑らせていた筆を、ユーリアは置いた。
違う。
これじゃない。
やけになって今描いていた写生帳のそのページを破り、丸めて捨てた。
ルドヴィカ嬢からのお願いはささやかなものだった。
ほぼすべてをユーリアに委ねたと言ってもいい。
だからこそ。
――これじゃない。
絶対に、違う。
自分自身にいらついて、ユーリアは狭い自室をうろうろと歩き回った。
これじゃない、これじゃない。
描写力の問題ではなく。
違う、絶対的に何かが違う。
これは、あたしのなかの『いねむりひめ』じゃない。
妥協の余地などなかった。
『いねむりひめ』を読んだときから。
ユーリアの中の時は、進み始めたから。
****
「で結局お前デートすんの?」
先輩医師が何の脈絡もなくエルヴィンに訊ねた。
同じ部屋にいる数名が全力で聞き耳を立てた。
エルヴィンは大量服毒計画に想いを馳せた。
「…知りませんよ」
手元の書類を繰りながらエルヴィンは言う。
「…いや、知らないもなにも。
来るっていってたじゃねえか、あちらさん」
「来たところで」エルヴィンは深い息を吐いた。
「わたしの意志は変わりませんし。
結婚する気もないのに気を持たせることなど、どの道できないでしょう」
研究室にしじまが落ちた。
「「「…ふざけんなぁああああああああ!!!」」」
エルヴィンは同僚研究員らにより昨日同様またもみくちゃにされた。
「おっまえ、あんな美人と知り合えることがどんだけ幸運かわかってんのか?」
「先輩ひどいっすよ、俺まともに女性と話したこともないのになんすかその言い草!」
「エルヴィン、ここの独身寮に入ってる奴の生涯未婚率知ってるかお前?七割だよ、そう、七割だよ!!!」
胸倉つかまれてたり難詰されたり、いったいなんでこんな目に遭っているのか納得できず、エルヴィンは遠い目になった。
「絶対に行けよ、絶対にだ!」
据わった目の同僚らに詰め寄られ、エルヴィンはやむを得ず「はい」と答えた。




