居眠り姫と王女様・5
なろう15周年おめでとうございます
エドゥアルトは二日酔いの頭痛に、大いに苦しんでいた。
朝方目が覚めたのはエミの店の二階にある部屋で、上着を脱がされて簡素なベッドに寝かされていた。
店の清掃をしていたウェイターからもらったエミからの伝言は、「寝不足はお肌の大敵なので先帰ります☆」だった。
…私は昨日エミの店に向かったのか?
それすらも記憶にない。
さすがにこれは人生初ともいえる大失態だった。
エミの店でよかった。
家に戻る時間がなかったので、嫌な顔一つせずウェイターが用意してくれた湯で体を拭き、そのまま王宮へと向かった。
上着は消臭のためにエミが作ったというハーブ精製水がかけられており、尚且つシャツの替え衿とカフス、さらには吐き気止めまで用意されていた。
ありがたく使わせてもらったが、あの図体のでかさがなければ本当に女じゃないかと思うくらいの細やかな気遣いに、後ろめたく感じながらもエドゥアルトは舌を巻いた。
ウェイターに心付けをしようと思ったが、「もういただいています」と固辞された。
本当に憶えていない、いったい昨夜私はなにをしたのだろう。
「おはよう」
体面を保てる時間に殿上でき、内心ほっとしつつエドゥアルトは執務室の清掃をしているカミルに言った。
「おはようございます」
返ってくる笑顔が寝起きに眩しい。
最近カミルはよく笑うようになったと思う。
まだ少し着られている感のある従騎士の職服が、小姓のときとは違う空気を纏わせるとしても、それだけではない気持ちの変化が、カミルを大人びて見せた。
なので、エドゥアルトは心配せずに、今日彼に問おうと思っていた。
「カミル――伝えておくことがある」
席に着いてエドゥアルトが言うと、手を止めてカミルは執務机の前にやってきた。
「明日、イェルク・フォン・シャファト君との話し合いが設けられる。
その話が整い次第、彼を任官する。
そして、今回、彼の縁続きの従騎士も共に任官することになった」
真っ直ぐにエドゥアルトが言うと、カミルは少しだけ目を張った。
「望むならこの機会にお前を…共に任官することも可能だ」
まだ、早い。
カミルは13才であり、体もまだ整ってはいない。
従騎士になるのさえも、通例からいえば1年程早いのだ。
けれどエドゥアルトは訊いてみたかった。
カミルがなんと答えるか。
驚いた顔の後、カミルは静かに口を開いた。
「いえ、私は――従騎士としての務めを、全うしたいと思います」
エドゥアルトは、微笑んだ。
心から。
「…それでこそ私の近習だ」
イェルクを任官することと、カミルを任官しないこと。
これはエドゥアルトの、それぞれへの愛情の示し方だった。
すべてを理解しているかのように、カミルも微笑んだ。
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スヴェンはなんとも言えない気持ちで、出勤してきたイェルクを迎えた。
金キラの騎士が泥酔状態で告げた迷い事がどうしても頭の端にこびりついている。
エミのように、酔っ払いの戯れ言として笑い飛ばしてしまえるほど、スヴェンは世の中を斜に見ていない。
ただイェルクを奪い去ろうとする悪漢として、あの騎士を祀り上げることはできないと感じてしまっていた。
イェルクを欲しがることに、相応の理由があったら?その時自分は納得するのだろうか?
ふと、そんなことを考えた。
「――師匠、どうしました?」
じっとイェルクを見ていたことがばれて、見上げてきた瞳はいつものように真っ直ぐだった。
それを見てひとつ思ったことは、どんな理由であれ、この瞳が失われるのであれば、それは間違っている、ということだった。
「なんでもない」そう呟くと、スヴェンはイェルクの肩を押して共に街に降りた。




