居眠り姫と王女様・2
店の入口にじっとたたずむエドゥアルトを迎えに行ったエミは、彼が突然体を傾げたために慌ててそれを支えた。
「…大佐?!どうしたの、しっかり!」
すぐに前後不覚になるほど酔っているのだと理解したエミは、訳知り顔で「どいつもこいつも」と呟き、エドゥアルトをひょいと担いでスヴェンのいるボックス席まで連れてきた。
見た目は華やかな美女だが、エドゥアルトよりもさらに長身で体力もあるエミならば造作もないことで、その滑稽な様子に、見ていた客たちは余興とばかりに笑った。
「ママ、後で一杯飲んでよ」
「ありがとう、いただくわ」
「…なんで連れてくるんだよ」
「あら、いいじゃない。
面白い話聞けそうよ」
教育の行き届いたウェイターは、エミがエドゥアルトを席に座らせたと同時にテーブルにグラスと水の入ったピッチャーを用意した。
濡らしたタオルを差し出し、エミはそれを受け取るとエドゥアルトの 首にあてて冷やした。
「大佐、とりあえず、水飲んで」
口元にグラスを押し当てると、エドゥアルトはそれを受け取り一気に干した。
中身がなくなるとエドゥアルトはやけを起こしたように グラスを放り投げ、ウェイターがそれに反応しキャッチした。
「すげぇな」
「よくあることです」
顔色変えずに新しいグラスを用意するウェイターに、スヴェンは感心してなにか飲むように、と言った。
「どうしたのよ、大佐。
珍しいじゃないの、こんなになるなんて」
タオルで額を拭いてやりながらエミは訊ねた。
「――決戦前なんだ」
スヴェンと同じことを述べたエドゥアルトにエミは全力で吹きそうになったが、豪奢なドレスの下で腹筋を働かせてそれを堪えた。
スヴェンは目を張ってエドゥアルトをじっと見た。
「なに、物騒ね。
近々軍事行動がとられるなんて聞いてないけど」
すっとぼけてエミは言った。
「ちがう、取り戻すんだ。
私の宝物を」
鍛えられたエミの腹筋はこの奇襲にも耐えた。
「約束したんだ、息子が生まれたら、必ず、私が…」
言いながら号泣し始めたエドゥアルトに、エミは新しいタオルを受け取ってそれを顔に当ててやった。
こいつ泣き上戸だったのかよ、と心中でため息を吐いた。
「約束?誰と?」
「私の太陽と」
この騎士はエミの腹筋をどうするつもりなのだろうか。
「…沈んでしまったと思っていたんだ。
だから諦めようと。
でも、文官じゃなかった。
父親の後を継いでいなかった。
なら、いいじゃないか、警らなら…」
呻くようにエドゥアルトは吐き出した。
「私の手元に置いても。
私はあの子の父になりたい」
話の前後はわからないが、なにかを相当こじらせているのが判ってエミは何とも言えない顔をした。
スヴェンを見ると面食らったような顔をしていた。
「そう。
大切な人のために、大切な宝物を手に入れるために、戦いに行くのね?」
「私は行かない」
「あら、どういうこと?」
「代理人を立てた、私はいかない」
「自分の宝物なのに?」
明らかに面白がっているエミに対してスヴェンは非難の目を向けたが、華麗に無視された。
「…嫌われたくないんだ」
乙女かよ、しかも嫌われるようなことをしている自覚はあるのかよ、とエミとスヴェンの心のつっこみが一致した。
「でもそれじゃあ、貴方の気持ちは伝わらないわよ?」
「いいんだ」
エドゥアルトは首を振った。
「私の、自己満足なんだ、わかってる。
あのひとは帰ってこない、わかってる。
誰にも伝わらなくていい、あのひとに伝わらなかったんだから…伝えられなかったんだから」
「――私のけじめなんだ、あのひとへの」
俯いてひとしきりぽろぽろと泣いた後、エドゥアルトはそのままの態勢で寝入った。
寝息が聞こえてきたあたりで、エミとスヴェンは顔を見合わせ、共にため息を吐いた。
プリティウーマンのあのウェイターさん、最高に好きなんですよ




