居眠り姫と法規の司・12
サッカーみながらかきました
(内容には関係ありません)
「ルドヴィカ嬢はおれが嫌い?」
往診後部屋から引っ張り出されて客間に連れてこられたルドヴィカは、顔を見るなり開口一番ヴィンツェンツにそう問われて固まった。
「…そんなことはありませんわっ」
「じゃあ、なんで逃げたの」
耳まで赤面してルドヴィカは「ううう」と唸った。
「…『いねむりひめ』を読んだと言われたからです」
「他に読んだ人はいないの?」
「いますけど…」
ルドヴィカはそわそわした。
今この客間には自分を含めて6人の人間がいる。
リーナス、エルヴィン、ザシャ、ラーラ、そしてヴィンツェンツと自分である。
なぜこんな大勢の前でこんな恥ずかしい思いをせねばならぬのだ。
まだ父と兄がいないだけましかもしれない、そう思うことにした。
「父や兄ではなく…絵本に関係のないぜんぜん知らない方に読んでいただくのは初めてだったのです…」
「初めてだと逃げるの?」
「は、はずかしかったのですわ!」
言ってルドヴィカはエイリークを顔前で抱きしめた。
場が生ぬるい笑顔で溢れた。
「おもしろかったよ」
「きゃー!!!」と言ってまた逃げようとするルドヴィカに、ラーラが扉前にすっと立って制した。
ルドヴィカはエイリークをラーラにぐいぐいと押しつけて抗議した。
「途中でいねむりひめが自分のことを考えるところとか。
あと、眠りの呪いに対するいねむりひめの態度が好感持てた」
「きゃー!!!」
ルドヴィカはエイリークごとラーラに抱き着いた。
読者の声尊い…!
しかし、直で聞くのしんどい…!
「お嬢様は『感想を直接聞くの恥ずかしい、けどありがとう』と思っていらっしゃいます」
ラーラが解説した。
「恥ずかしい?じゃあもう言わない。
でもおれあれ好きだから、本ができたらサインちょうだい」
とどめを刺されてルドヴィカはくずおれた。
「お嬢様は『むり、生読者様から好きとか言われた、死ねる』と思っていらっしゃいます」
正確に解説されてルドヴィカはラーラのスカートにぽんぽんとエイリークを叩きつけた。
「ずるいなぁ、わたしはまだ読ませてもらっていないのに」
「俺もー。
お嬢様、俺も読みたいー」
「ユリアンが筆記帳持ってるよ、貸してもらえば」
生まれて初めてルドヴィカは父に殺意を抱いた。
「筆記帳のは、改稿前のやつですのっ!だから、皆さんにお見せできるようなものではありませんわっ」
「え、変えちゃったの?」
ヴィンツェンツはルドヴィカを見ながら言った。
「あのままでよかったのに。
じゃああの筆記帳をおれにちょうだいよ」
「ひぎゃああああああああ…」
本格的に床に突っ伏したルドヴィカを見て、ザシャが笑いながら歩み寄りべりっと抱き上げて床からはがした。
リーナスが微笑みながら言った。
「お館様も今日は早く帰られるでしょう、今日はこちらの皆さんで夕餐をご一緒されるのはいかがですか」
****
恐縮のあまりオロオロする宮廷女官をなだめて、ヨーゼフはメヒティルデを抱き上げたまま次の扉を目指した。
不用心にも開け放たれたままの扉の奥では、なにやら喧々囂々とやりとりが聞こえる。
特にそれに配慮することもなく、ヨーゼフは中に入った。
女官は扉の前で控えた。
「ジーク、声がでかすぎる」
ヨーゼフが言うと、メヒティルデが口調をまねて「ジーク、こえがでかすぎる!」と復唱した。
「おおお、愛しのメヒティルデ!」
執務机に着いていた白髪の男性が立ち上がって両手を開いた。
ヨーゼフが下ろすと、メヒティルデは一目散にその腕に飛び込んだ。
「おもうさま、ヨーゼフはわたくしとあそぶのです!」
「おお、メヒティルデ、愛らしいお前の友人がこんな老いぼれとは本当に悲しむべきことだ。
すぐに是正するから、もう少し待っていてくれ」
「老いぼれとはご挨拶ですね」
とくに否定する気もなく一応ヨーゼフは抗議しておいた。
執務室で議論を交わしていたのは財務を司っているバルナバスだった。
固い表情の下に隠して彼もメヒティルデには弱いので、横槍が入ったことに文句は言わずに壁際に下がった。
「おもうさま、ヨーゼフとわたくしのはなしをしているのですか?」
「そうだよメヒティルデ。
お前が愛らしく賢くすべての国民から慕われる素晴らしい女性になるにはどうしたらよいか、相談していたのだ」
「わたくしはししになるのです!」
「そうか、獅子か。
愛らしいだけでなく気高く王族に相応しくあろうとしているのだな、さすが私の娘だ!」
全力親馬鹿で頬ずりする国王に、ヨーゼフは自分の孫馬鹿具合を思い出してちょっと反省した。
「ヨーゼフ、話はどうなっている?」
「今晩あたり、話してみようと思っていますよ」
「もういいのか?」
「ええ」
ヨーゼフは優しい気持ちで微笑んだ。
「もう、大丈夫です――シャファト家は」
次に進む用意は、もうできている。
あとは背中を押してくれる、誰かがいればいいだけだ。
ヨーゼフの顔を見て、国王――ジークヴァルトも、微笑んだ。




