居眠り姫と法規の司・11
胃がいたいです
「君は騎士になりたいのか?」
エドゥアルトは単刀直入に訊いた。
「ええ、もちろん」リヒャルトは即答し、なぜそんな当然のことを訊くのかと首を傾げた。
「いや、少し踏み入ったことを言ってしまうが…君の御家の状況を耳にした」
リヒャルトがさっと顔色を変えた。
それを見て、エドゥアルトは慎重に言葉と声色を選んだ。
「少しでも早く任命を受けたいだろう、お察しする。
こんなことを君にお願いするのは足元を見ていると思われるかもしれなくて、本当は君をこうして呼ぶこともためらった。
それでもこうして君と面と向かって話そうと思ったのは、君が従騎士としてとてもよい評判を得ていたことが理由だ。
恐らく君ならわたしを誤解せずにいてくれるだろうと」
なにを言おうとしているのかを窺うような瞳に、エドゥアルトは誠実な色を張り付けた瞳を返した。
「イェルク君が今警らをしていることを知っているか?」
「はい」リヒャルトは微笑んだ。
「あいつらしい」
「君はそれをどう思う?」
「どうって…イェルクが前から言っていたことですから。
夢を叶えられたんです、頑張ってほしいと思いますよ」
「わたしはとても懸念しているんだ」エドゥアルトは声をくぐもらせて言った。
「イェルク君の御家は現在すべての社交を断っている。
先代のシャファト男爵が社交時季にそつなく行動しているだけだ。
この影響を君はわかるか?」
「…いえ。
我が家は、社交に参ぜられるだけの、財力はありませんので」
「…それによって、今御家は大変なのだろう」
引き結んだ唇を見て、エドゥアルトは言葉を継いだ。
「イェルク君が警らであることは社交界との隔絶を生んだ。
これからどんな影響が出てくるかもわからない。
君ならその意味がわかるはずだ、リヒャルト君」
「私にどうしろと?」
やけくそを起こしたかのようにリヒャルトは言った。
少し意外でエドゥアルトは目を張った。
しかしすぐに続けた。
「私はイェルク君の親御さんに借りがある。
だから彼とその御家の不遇を見ていられない。
今の状況をどうにか打開したいんだ。
この気持ちをきっと君となら共有できると思っている」
「私にはなにもできません」
きっぱりとリヒャルトは言ったが、その瞳は傷ついていた。
なので、きっとこれは成功するとエドゥアルトは確信を持った。
「イェルク君を騎士に任官する手筈を整えている。
それによっておそらくシャファト家が失った名誉を取り戻すことができるだろう。
そこで、君の存在が必要だ」
窺うような瞳を寄せてきたリヒャルトに、エドゥアルトは真っ直ぐに見返していった。
「君は従騎士になって間もないだろう。
通常なら数年は任官されない。
君の御家のことを考えると、それでは遅すぎる。
私なら君を推挙できる」
「話が見えません、どういうことですか」
「イェルク君を説得してくれ」
沈黙が落ちた。
「――それが、推挙の条件ということですか」
「そうだ」
「ずいぶんですね。
私が断われないことを知っている」
「――そうだ」
「それはきっとイェルクを傷つける、わかっていますか?」
「しかしシャファト家を守るために最善だ」
「詭弁だ、他にも手段はあるはず」
「もう既に影響が出始めているとしても?」
「そんなはずはない」
リヒャルトは自分に言い聞かせるかのように首を振った。
「あなたは知らないんだ、シャファト家がどれだけ善意の人たちか。
私たちがどれだけあの人たちに支えられてきたのか。
あの家の評判が、こんな些細なことで損なわれる訳がない」
「私が知らないというのなら、もちろん世論もそうだ」
エドゥアルトは静かに言った。
「君の御家は社交界から遠い。
だからわからないこともあるだろう。
シャファト家の今の立場は本当に微妙だ。
悪い方向に転がることはあれど、黙っていて良い方向へ行くことはあり得ない」
少しだけ潤んだ瞳をエドゥアルトに向けて、リヒャルトは押し黙った。
「シャファト家のためだ、協力してくれるね?」
「ひとつだけ」
息を飲み込んで、リヒャルトは苦しげに声を出した。
「ひとつだけ、教えてください。
どうしてあなたは、シャファト家を助けようとするのですか?」
「先ほども言ったね、私には返さなければならない恩がある。
――イェルク君の親御さんに」
「ユリアンおじさんに?そうですね、あの方は、本当に善良な方だから」
エドゥアルトは口を開き――そして言葉を呑み込んだ。
「理解はできました。
でも、本当にそれが最善かわかりません」
「君にとっては?最善ではないか?シャファト家だけでなく、御家を助けたいだろう」
「…」
「イェルク君と話す場を設けることになった。
ぜひ、そこに君に加わってほしい」
「私の言葉を、イェルクが聞かなかったら?」
「君の推挙に関する約束を反故にする気はないよ。
ただ、従騎士になって間もない君がすぐに任官されることに対する風当たりは強いだろう。
しかし、警らからの任官であるイェルク君がいるなら話は別だ。
それに、私は君が誠実であることを願っている」
長い沈黙の後、リヒャルトは呟いた。
「わかりました」
「ありがとう」
エドゥアルトが右手を出すと、リヒャルトはためらいがちにそれに手を合わせた。
****
どっと疲れがきて、リヒャルトを見送った後、エドゥアルトは椅子に身を沈めた。
リヒャルトの理解を正すことはしなかった。
そんなことをしても、意味がなかった。
エミの店で、イェルクを見たときの気持ちを、忘れられない。
本当に、そっくりだ。
ひと目でわかった。
笑うときタレ目になるところ。
話すとき一生懸命なところ。
――真っ直ぐなところ。
オティーリエねえさん。
貴女の子を、みつけました。
必ず、私の手で育て上げます。
必ず。




