居眠り姫と法規の司・9
え、仕事?
おわってないよ?
それがなにか?
気付いたらイェルクは7班地区の端の商店街まで来ていた。
「おーい、イェルクどこまで行くんだー?」
追いかけてきてくれたらしい声に驚いて、イェルクは振り向いた。
「ニクラス師匠…」
「さすがお前若いなー、振り切られるかと思った」
息を上げて先輩警らはイェルクの肩に手を置いた。
「ま、とりあえず巡ろうや」
「テオのことは、なんだ、気にするな」
なにも飾らずにいわれた言葉に、イェルクは咄嗟になにも返せなかった。
「俺はあいつのことも可愛いし、お前のことも可愛いから、あいつを責めることも、お前を擁護することもできない。
その反対もそうだ」
歩きながらも気持ちのすべては告げられる言葉に向かっている。
「お前がどういう家の出だとか、ぶっちゃけどうでもいい。
7班のヤツはみんなそう思ってる、今回のことがなかったら、テオだって」
ニクラスは少し俯き、それで声がくぐもった。
「お前が警らを好きだと言ってくれて、嬉しいよ。
近衛より騎士様より、警らがかっこいいって。
そんなの、俺たちからしたら、寝耳に水だったんだ」
だって。
なにかを言いたいのに何も言えない。
「世の中からしてみれば、騎士様のがずっと立派でかっこいいんだ。
お前が警らに憧れたように、俺たち平民の出の野郎は大体ガキの頃に騎士様に憧れる。
でも目指せるようなもんじゃないから、でかくなったらそれぞれ別の職業に就く。
…んで、諦めきれなかったヤツが、警らになったりもする」
にやっと、ニクラスが笑った。
「俺みたいにな」
イェルクは真っ直ぐにその目を見た。
「テオを悪く思わないでやってくれ、あいつも今は戸惑ってるんだ。
諦めて当然と自分に言い聞かせていた道が、後輩に拓かれたことに。
しかも自分はやはりその道を行けない」
ニクラスは深呼吸した。
継いだ声は優しかった。
「あいつお前のこと大好きなんだよ。
だからお前が残ろうとすることも、自分が行けないことも、納得するのに心が追い付いてないんだ。
お前が嫌いだったら、あんな言い方しない、絶対に」
よくはわからなかった。
でもニクラス師匠が言うならそうなのだろうと思えた。
小声で「ありがとうございます」と呟いた。
「おお、ビール二杯でいいぞ」とニクラスが言った。
それでも、まだあのテオの冷たい目の前に、立つことは難しく思えた。
突き放されたあの温度に、怯えた心は向き合うことを拒んでいた。
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「いったいどこいったんですかヴィンは?!」
仕事しない上司が仕事する場所で行くところなど限られていて、お昼ごはんを食べた後ユリアンはトビアスと手分けして朝廷内のそれらを捜した。
が、いない。
「…お家帰ったとか?」
可能性が低いことをわかった声色でトビアスが言った。
「まあないですね」
とりあえず時間がもったいないのでふたりは仕事に戻り、あてにならない上司をあてにしないことにした。
しばらくしてノックがあり、「どうぞ」とユリアンが応じた。
宮廷侍従が手紙を持って現れた。
「シャファト秘書官、御家からの報せです」
すぐに下がった侍従の姿を見送った後、ユリアンはその手紙を開いた。
「――いったいなんなのウチの上司…」
ユリアンはその場に膝をついて全力で崩折れた。
ユリアンみたいな部下がほしい




