居眠り姫と法規の司・7
エドゥアルトは迎えた少年をついと眺めて観察した。
歳はイェルクと同じ18。
背格好も似たような感じだ。
金色が混じった茶髪を短く整えている。
真っ直ぐに見つめてくる瞳はイェルクと同じだ。
エドゥアルトは自分が老人のように感じられてしまった。
カミルは茶を整えた後部屋を辞した。
少しだけ背筋が伸びたカミルは、イェルクの近しい人間がこうして呼ばれたことにも、自分が下げられたことにも、俯くことはなかった。
「あの、私が呼ばれたのはどういったことでしょう」
逸らさずに疑問をぶつけるその摯実さがエドゥアルトを責めたが、割に心に咎めを感じない。
「君がイェルク・フォン・シャファト君の乳兄弟と聞いて」
瞬間驚いたように目を見開いた後、リヒャルトはその眼差しを懐かし気に細めた。
「はい、イェルクとは幼いころから近しくしています。
最近は会っていませんが…元気でしょうか?」
「ああ、とても」エミの店でのことをふと思い浮かべてエドゥアルトは喜色を浮かべつつそう答えた。
「イェルクがどうしたのです?」
少し気遣わし気にリヒャルトは訊ねた。
血のつながりがなくとも似るものなのだな、とエドゥアルトは感心した。
すぐに顔に思いが出るところなど、本当の兄弟のようだ。
「彼について君にお願いがあって」
告げるエドゥアルトに良心の呵責を感じる余地はなかった。
だってこれはイェルクにとっての最良だから。
****
ルドヴィカが思いつきでビンデバルト氏に出した夕餐への招待は、たいそう丁寧な断りの手紙によって白紙化した。
彼自身が位のある身分ではないということを伝えてきた上で、彼を招くことがシャファト家の評判にかかわることであることをそれとなく香らせ、普段ならその程度で引き下がらないであろうルドヴィカを、手紙を読み終わるころには「…それなら仕方ありませんわね…」と残念がらせたビンデバルト氏の手腕はお見事だった。
実情としてはシャファト家は庶民を公式に招いたことで失うものなど微々たるものだったが、由緒ある伯爵家との縁を周囲に印象付ける機会を自ら手放したビンデバルトに対し、ザシャはとても好感を持った。
「ではユーリア様をお招きするのも無理ですわね…」
ぽつりとこぼした言葉はとても寂しそうで、ザシャはなんと言っていいかわからず黙っていた。
「お仕事でお会いすることはこれからいくらでもあります」
ラーラの述べた言葉に、ルドヴィカは微笑んで「そうですわね!」と顔を上げた。
こういう風にすぐに気の利いたことが言えない自分にザシャは少し腹が立つ。
エルヴィン医師が往診に来る予定なのだが、珍しく時間通りにあらわれず、昼食をとってからルドヴィカは「お庭で待ちますわ」と言ってメリッサと雑誌を持って東屋へと向かった。
ついていても仕方ないので、ザシャは何かあったらすぐに駆け付けられる位置で仕事をするため、庭師のファビアンのところへと雑用をもらいに行った。
少しして様子を見ると、東屋でこてっと横になってルドヴィカは眠っていた。
まぁ天気もいいし。
ザシャはそのまま寝かせておいてやった。
****
なんだか可笑しな夢を見て、ルドヴィカは笑った。
ふわふわしていてすべすべした夢だった。
内容はよくわからない。
でもとても楽しかったから、怠い体を無理に起こそうとはせずに時に任せた。
深呼吸をして指に力を入れる。
メリッサを頭の下に感じて、顔を埋めた。
「――起きたの?」
聞いたことのない声が訊ねた。
ゆっくりと目を瞬いて開けると、青と茶の色違いの瞳が見えた。
「…イルメラ?」
夢の続きの心地でルドヴィカは心当たりの名を呼んだ。
「違う」と声は答えた。
「――ユリアンの娘?」
今度は声がそう訊ねたので、「はい、ルドヴィカです」とルドヴィカは答えた。
「似てる」声色はそのままだったが、空気が笑っていた。
「よくいわれますの」とルドヴィカも笑んだ。
「いつもここで寝るの」
「いつもではありませんわ」
「まだ横になっているのはなぜ」
「まだ体に力が入りませんの」
「そう」
「お嬢様!」
ザシャの緊迫した声が一足で飛んできた。
「誰です、あんた?」
ルドヴィカを背後から抱き上げて、ザシャは言った。
「ヴィンツェンツ」
「そうですか、俺はザシャ。
名前訊きたいんじゃなくて、あんたが何者でお嬢様に何しようとしてたか知りたいんだけどね」
「ユリアンの上司。
何もしようとしてないよ。
ただ起きるの待ってた、これ読んで」
ヴィンツェンツは膝上に載せていた雑誌を手にとってひらひらと掲げた。
「こんなん読ませてんの、ユリアン?なんか独特な情操教育だな」
「えーっと、状況理解できないんですけど。
お館様の上司さん?それがなんで今ここにいらっしゃるんですか?お仕事は?」
「ユリアンがしてる」
「そりゃそうでしょうとも」
様子を把握したリーナスが早足に母屋から近付いてきた。
「ジーゲルト様?申し訳ありません、お館様は朝廷より戻られていませんが、ご一緒ではなかったでしょうか?」
「うん、朝会った。
だから、ユリアンの娘に会いにきた」
ザシャは全くこの男の言っていることの脈絡がわからなかった。
「きれいですわ」
まったく空気を読まずに寝惚けたルドヴィカが言った。
「イルメラと同じ瞳です。
とってもきれいですわ」
へにゃり、と笑ったルドヴィカに真っ直ぐに見つめられ、ヴィンツェンツは言葉に窮した。
呼ばれたと思ったのか、茂みから子猫が二匹転がるように飛び出してきた。
いくらか戯れあった後、白い子猫が東屋に飛びかかって乗っかった。
そして青い瞳と、茶色い瞳でじっとヴィンツェンツを見上げた。
数日更新お休みしますm(_ _)m
読みにきてくださっている方、愛してます!(重)
次は週明けの予定です




