居眠り姫と法規の司・5
ヨーゼフは知己を訪ねて連日王宮に来ていた。
イェルクが言うように「ろくでもないこと」のためではない。
ただ、今回のこの義娘の記念日に立ち会うタイミングで来たのは、そのために息子たちの様子を見極める目的ではあった。
よかった、とヨーゼフは笑んだ。
時が解決してくれるものもあるのだ。
そしてその時が手遅れになる前であったことに本当にヨーゼフは安堵した。
既に伯爵位をユリアンに譲っているので、現在ヨーゼフは他に所持していた男爵位を名乗っている。
折を見てこれもイェルクに譲渡しようとは思っているが、今はその時ではないことはこの数日で知れた。
騎士の任官の話が出ているならば、イェルク自身が爵位を持つのは大変まずいだろう。
現在は自身が爵位持ちの貴族なのではなく、伯爵令息という立場であるから警らをできているのだ。
聡いイェルクは、それを理解している。
そしてヨーゼフもユリアンと同じく、イェルクの気持ちを尊重したい。
初孫かわいい。
また、こうして王宮に頻繁に出入りするにはやはりまだ男爵でいる必要がある。
なくてもヨーゼフなら顔パスで入れそうなものだが、さすがにそこは警備的にまかり通っていいことではない。
位がないならないで正規の手段を踏めばいいのだが、ぶっちゃけめんどい。
なので一切のことが穏やかに済むまで、やはり爵位はあって損するものではなかった。
不自由に感じられた時に手放せばいいのだ。
若いころに幾度となく訪れた場所に立ち、警備の近衛騎士に取り次ぎを頼む。
すぐに通されてヨーゼフはまたそこから長い廊下を行った。
突き当りの扉をノックしようとした時に、その扉が内側から開かれた。
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ヴィンツェンツは裏道にそれて誰が通るのかも知れない細い道を歩いた。
幼いころから培われた方向感覚と、目的地にたどり着くまでの道を選ぶ一種の嗅覚のようなものは、こうして大人になってもまるで衰えなかった。
裏道を選ぶようになったのも、いち早く目的の場所を目指すようになったのも、少しでも誰かに会わず、誰かに見られないようにするためだった。
すれ違う人々の目が怖い。
嘲りの言葉を聞きたくない。
ぼさぼさの前髪で目元を隠すのは、もういつごろからの習慣なのだろう。
朝廷でのヴィンツェンツの奇行はそうすることによって彼自身の評判を逸らす目的でもあった。
ヴィンツェンツは怖い。
誰かに見捨てられるのが怖い。
「うっとうしいですね、あんたその前髪どうにかしなさい」
問答無用で髪を整えてくる。
ユリアン。
頭を撫でられたのもあの時が初めてだった。
「そうだよ、きれいな目をしているのだから、出しときなよ」
そんなことを言われたのも初めてだった。
トビアス。
誰もが忌み嫌い離れたのに。
別に朝廷に思い入れがあるわけではない。
ただ、二人がいるだけで、そこはヴィンツェンツの居場所になった。
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「えー、本日はお日柄もよく…」
先輩医師をとっ捕まえてむりやり同席させた。
どこまでも道連れてやる。
「えー、こちらはエルヴィン・キルステン君といいましてー、えー、当研究室の若手の星であります」
違う!!!なに見合い進行してんだよ、穏便にお帰りいただくために場を取り持てと言ったんだよ!!!
窓越しの見物者の人数がどんどん膨れ上がってきている。
それなのに物音一つしないっていうその統率普段はどこいってんの?
「えー、エルヴィン君は大変勤勉で…」
ひとことも発しないエルヴィンと女性を前に、先輩医師はとりあえず思ってもいないこととちょっと思ってることをまぜて一生懸命エルヴィンの紹介をし続けた。
もう帰りたい。
エルヴィンと先輩医師の心は一緒だった。
ずっとその言葉に耳を傾けていた女性だったが、ある時伏していた目をついと上げてエルヴィンを真っ直ぐに見た。
そして言った。
「結婚してください」
はっきりとした声に、もともと静かだったその場がさらに水を打ったように静まり返った。
次の瞬間、どっと歓声のような怒声のような声が上がり、エルヴィンは気付いたらいろんな人にもみくちゃにされていた。
――え、なんなのこれ。




