シャファト家と在りし日の想い出・16
もう6年も仕えてきて、騎士様のことは誰よりも知っているように思っていたし、その矜持もあった。
自分の敬愛する方がすぐ近くにいて、いつか自分もそんな騎士様になりたくて、真似できることはなんでも真似た。
カミルは深い息を吐く。
背を、額を滑り落ちる汗は支給されたばかりの従騎士としての演習服に吸い込まれていった。
エドゥアルトは宣言した通り、これまでカミルが小姓として受けてきた騎士になるための訓練をより高度なものへと引き上げた。
これまで自分は一体何を見てきて、本当に何をしてきたのだろうと恥じ入るくらいには、今日一日に受けた指導はカミルにとって必要で得難いものだった。
肩の位置に注意を払うように言われた。
胸を開き背を伸ばす。
腰が寝ているとも言われた。
重心をずらす時に特にと。
これまでそうした細かな点まで触れられなかったのは、カミルが十分に努力をしており、相応の結果を出していたので、それらは意気を殺ぐだけになると思われたからなのだと言われた。
その言葉は、心が打ち震えるほどに嬉しかった。
努力を認められたことにも、そして敢えてこれまで口にしてこなかったことまでもこうして与えてもらえるようになったことを。
シャファト秘書官に心底感謝している。
こうしようとエドゥアルトの心を動かしたのは確かに彼の言葉だ。
そしてその言葉はカミル自身の心の柔らかい部分も包んで癒した。
シャファト秘書官の来訪を告げられた時、カミルもエドゥアルトも、一瞬止まった。
すぐに迎えるように指示され、何も考えられないまま走った。
用件などひとつに決まっている。
空々しい気持ちと同時に抱いた誰にも誇ることのできない寄る辺のない後ろ暗い感情を、見ぬ振りもできず、けれどどうにかなかったことにしたくて、知らずに噛み締めた奥歯をさらに噛み締めた。
最初から、シャファト秘書官には見通されていたのだと思う。
こんな自分の浅ましい心など。
…うれしかった。
シャファト秘書官が自分の気持ちの言葉にできない部分を口にしてくれた時。
カミルは理解した。
ああ、自分はやはり悲しかったのだ、と。
ある日、エドゥアルトが嬉しそうに見知らぬ男の騎士の任官案について告げた日から。
ある日、その男を迎えに行けと指示された時から。
カミルは、とても悲しかった。
ないがしろにされているとも、大切にされていないとも思わない。
でもやはりカミルの中で、重要な何かが損なわれた。
シャファト秘書官。
父がいないカミルにはわからなかったが、きっと彼の言葉は子を思う親のように発せられたように思う。
ただ感謝した。
たぶんシャファト秘書官の言葉は、彼の言葉の意味したところを超えて自分に作用した。
きっと彼に任官の国璽を捺してもらう、カミルはただそこに焦点を合わせた。
そして、それはとても楽しかった。
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「えなんでじーじがいんの」
仕事から帰って着替えてすぐに食事室へと来たイェルクは上座に着くヨーゼフの姿を認めて言った。
「おまえとルイーゼに会いに来た!!」
めっちゃいい笑顔でじじいは言った。
「いや社交時季でもないじゃん、僕も父さんも忙しいんだから勘弁してよ」
「なんかつれなくなったなイェルク…昔はあんなに懐いてくれていたのに…」
「いやいつまでもがきんちょの時のこと言われても。
どうせろくでもないことに首つっこもうとしてるとかそんな感じだろ、僕たち巻き込まないでね」
ユリアンとリーナスが心で親指を立てた。
「うう…ルイーゼ、イェルクがいじめる…」
「まあおじい様、ろくでもないことはだめですわ!ろくでもない人間になってしまいますわ!」
「もう手遅れだからルイーゼ。
さっさとご飯食べよう」
過去にいろいろ振り回された経験から語る長孫は容赦がなかった。
ヨーゼフは懲りずに食事中にずっとイェルクに構い続け、その度にばっさり切り捨てられていた。




