居眠り姫と商人の長・1
「…お嬢様」
「なにかしら汗臭いザシャ」
「いったい何しに行くんだ、ダ・コスタ商会なんて…」
馬車の中で胡乱な目つきで問うザシャに、ルドヴィカはつんとすまして言った。
「遊びにいくんですわ!」
「はぁああ?」
訳がわからないというようにザシャは唸ったが本当のことだ。
買い物をするためなら商店街を目指せばよいのだが、ルドヴィカははっきりと「ダ・コスタ商会へ」と指示した。
それの意味するところはこの国ではひとつで、それは即ち商売人の元締総本山のことである。
先日会長さんからお手紙をいただいたのだ。
『近い内にいらっしゃい、先触れはいらない』と。
それはまあ、「何故?」と皆思うだろうけども。
「いやいやいやいや、なんでお嬢様がダ・コスタ商会。
なんの繋がりがあんの、いったいなんで」
「半年前から会長さんと文通してますの」
「…。
…は?いや、え?」
「お友だちですのよ、会長のイグナーツ様と」
ザシャは無になった。
「とってもいい方ですのよ?噂なんてあてになりませんわね」
ルドヴィカはタロウを抱き締めたまま、とってもいい顔で微笑んだ。
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商会事務所の正門前に馬車を乗り付けて、ツェーザルが指示を仰いだ。
「ルドヴィカが来たと伝えてちょうだい」
程なくして鉄格子の門がゆっくりと開いた。
いつも慎重なツェーザルの運転が更に慎重になった気がする。
一般人が入れる場所ではないのでそうなるのも当然だ。
ザシャはさすがに予測できなかったルドヴィカのやんちゃ過ぎるやんちゃに、「お館様になんて言えば」と遠い目でぶつぶつ言っていた。
「みんな偏見が過ぎるのよ。
お会いすればとってもいい方よ!」
「…これまで何回会ってるんです」
「今回が初めて!」
「あぁあああ?!」
つっこみが追いつかなくてザシャは頭を抱えた。
なんだろう、世間知らずとか疑いのない心とか無垢な気持ちとか、なんか自分がもう失ってしまったものを全部引っ括めて熟成でもしたら、こんな突き抜けて常識外れなことをさらっと澄んだ瞳でやってのけたりするんだろうか、とザシャは懊悩した。
「ザシャも来る?待っていてもいいですわよ」
「行くに決まっているでしょう!」
馬車から降りる際に訊ねたルドヴィカに、苛立ち交じりの声でザシャは言った。
何なんだいったい、これまでこんなに手のかかるお嬢様なんてなかったぞ!
相手はゴロツキ共の長だぞ!わかってんのか!
声には出せずにザシャは肚の底で叫んだ。
推敲なしの乱れ打ち
お目汚し失礼