シャファト家と在りし日の想い出・14
今日は遅くなることなくイェルクが帰ってきたことにほっとして、久しぶりに3人で食べる夕食をルドヴィカは楽しんだ。
明日は急遽シャファト家の領地から祖父がやってくるというので、4人の食事になることを純粋にルドヴィカは喜んでいた。
いつもならば社交時季に入ってからこちらに来る祖父が、どうしてやってくることになったのかはルドヴィカにはわからない。
領地経営に関してはルドヴィカはシャファト家の娘として必要なことしか教わっていないので、何かあったのだとしても残念ながら想像もつかなかった。
「なんでこんな忙しい時に…」と父は頭を抱えぶつぶつ言っていたが、迎えの準備はリーナスに任せて、夜にはちゃんとルドヴィカとの時間を取ってくれた。
兄と同じように朝までとまではいかなかったけれど。
それでも、お互いの思っていることや感じていることを真っ直ぐに話せた時間だった。
しっかりとして優しい父だと思っていたが、実はひょうきんで楽しい人だと知った。
規則正しい生活のために日が変わる前にお開きになったが、これからはもっと父と打ち解けた会話ができるのではないかと思う。
アデーレが早速作ってくれたタロウの衣装を着せながら、明日はこのかっこいいタロウで祖父を迎えようと思いつつ、ルドヴィカは床についた。
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翌朝出勤すると、警ら隊2班副長のディーデリヒ・バーデンがイェルクを待ち構えていて、「巡回に出よう」などと言ってきた。
いろいろつっこみを入れたかったが、とりあえず理由が「たまには外の空気吸わなきゃねェ」だったことに心で全霊のつっこみを入れた。
昨日の昼は、ご飯を食べたらあっさりとヒーローとは別れた。
「また俺が起きてたら一緒に昼食って?」とちょっと道行くお嬢さんが腰砕けになるようなお願いの眼差しで言われ、「はい、いつでも」とイェルクは答えた。
結局名前は教えてくれなかった。
「君に『ヒーローさん』て呼ばれたいから」だそうだ。
「呼ぶんで教えてくださいよ」と言っても「やだ、秘密」と彼は艶やかに微笑んだ。
そんなん連絡取りようがないじゃないですか、と追い縋ってみたが、仕事柄望めばイェルクの近況はわかるので問題ない、と言われた。
なんだよそれ。
「まぁ、いつかはわかるし?」
という最後の言葉も謎だった。
なんか、ごたごたがあってからいろんな人と話してる。
で、今日のこのディーデリヒという他班の管理職は、どこかですれ違ったことがある程度の関係で、とりあえずイェルクは「はじめまして」と言っておいた。
「会ったことはあるし君を7班にしたらいいのではないかと提案したのは私なんだが…まあいい、出よう」
すれ違う同僚たちが興味深そうだったりあからさまに「誰こいつ」という顔だったりした。
「バーデン副長はなんでまた7班地区までお越しで?」
事務棟の周囲は4班地区だし、警らしたいならそっちですればいいのに。
「もちろん君と話すために」
あ、やっぱり?
商店が並ぶ路を避けて住宅街へと向かった。
背中合わせになっているので特別静かというわけではないが、互いの声を拾うにはこちらの方がいい。
2班と聞いた時点でもうイェルクの進退の件だとわかっている。
さあっ、なんでもこい!
と思ったが今日も今日とて子どもたちに倒される宿命だった。
ディーデリヒも巻き添えを食った。
「…なんなんだあのガキどもは…?!」
「よかったっすねー、バーデン副長。
あいつら人見て倒すんで、もう7班地区の子どもネットワークには無害な人と知らしめられましたよ」
「それ舐められてるってことだろっ?!」
「いや、受け入れられてるってことですよ。
子どものネットワークって馬鹿になんないっすよー」
「君はいつもこんなことしてるのか?!」
「だいたい子どもってどこにでもいますしねー。
名前もだいたい把握してますよ!」
にこにことイェルクは自慢した。
「イェルク、最近見なかったじゃないか」
二階の窓から声掛けされて、物干し中の主婦に声を返す。
「あー、夜勤続いてた。
カティンカちゃんは元気?」
「あんたが通らないからずっとむくれてたよ。
カティンカー、イェルクがきたよー!」
主婦が顔を引っ込めると、ややあって今度は小さい顔が出てきた。
「おはよう、カティンカちゃん」
「あたしべつに、むくれてなんかないから!」
「知ってるよー」
「べつに、イェルクがとおらなくてもいいの!」
「うん、でもまた通るから今度は下にきてね」
「それきっと、アデリナにもおなじことをいっているんだわ!」
「言ってないよ?」
「うそつき!」
顔が引っ込んでしまった。
「ごめんねー、久しぶりだからきっと恥ずかしいんだ。
また声かけてやって」
「うん、また通るからって伝えて」
なにか空気に圧されてずっと黙っていたディーデリヒが、「君はいつもこんなことしてるのか」と二度目の質問をした。
「カティンカちゃん?かわいいでしょ。
おれのお嫁になってくれるんだって」
「なんだそれは。
君、素町人との距離が近すぎないか?!」
「えー、普通じゃないすか?みんなこれくらいの会話はしますよ、巡回してたら」
「いや、その前に君は伯爵家の人間だろう。
こんなに一般人と近くていいのか?」
「あー、それ関係ないっすねー。
おれ、警らなんで」
絶句したディーデリヒにイェルクは「位のことは言わないでくださいね、仕事に障るんで」と相手の目を見て言った。
「んーと、たぶんバーデン副長はおれを説得とかしようと思って来られたんだと思いますけど」
イェルクは表情を消して言った。
「おれ、辞める気ないんで。
ここがおれの仕事場で、これがおれの仕事なので」
言葉を失ったディーデリヒに、あれ、おれ今めっちゃ決まったんじゃね?とイェルクはその顔を維持した。




