シャファト家と在りし日の想い出・9
ユリアンを見送ったあと、エドゥアルトは茶器を片付ける自分の小姓の背中を見た。
もう6年も預かっているので、我が子のように思っている。
…と思っていたが。
エドゥアルトは自嘲した。
子思う親というのは真似事ではできないな。
言外に多くの学ぶべきことを残してくれたユリアンに感謝しつつ、エドゥアルトはカミルに近寄った。
それに気付いてカミルが顔を上げる。
それを遮るようにしてエドゥアルトはその頭を撫でた。
驚いたようで、カミルは抱えた洗い物入れを一瞬取り落としそうになった。
少し髪を乱した後、エドゥアルトは言った。
「…今日から訓練量を多くしていいか」
上を向こうとするカミルの頭をそのまま抑え込む。
「あの人に…シャファト秘書官に、早く国璽を捺してもらおう」
びく、としてカミルは一瞬体を硬直させたが、ややあってぼろぼろと泣きながら声もなく何度も頷いた。
…やっぱり上手くはできないな。
今まで何事も器用にこなしてきたつもりの自分に苦笑しつつ、エドゥアルトはカミルの涙を見ないでやるために先に部屋を出た。
何があったのかと好奇心でこちらを見てくる騎士たちを素通りして、彼は師団長室へと進んだ。
――まあ。
やめないけどね。
****
「おいエルヴィン、めちゃくちゃ美人じゃねぇか!!」
往診から戻ったら先輩医師が大興奮で迎えた。
なんか他の研究仲間たちも集まってきていてやいのやいの言っている。
「いやなんで貴方がそれ持ってんの」
先輩医師の手には釣書に添付されていた銀板写真があった。
そんなものが入っていたんだ、そりゃ封書のサイズもでかくなる。
「お前が見られたくないものどこに隠すかぐらい分かってるっての。
すげーなぁ、銀板とか、普段写真館以外で見ることなんてねぇよなぁ?」
「触らせてください、俺触ったことないっす」
「まじでか、ほい」
「うわ思ってたより軽い。
てか美人!まじで美人、すげー、やりましたねエルヴィンさん!」
このひとたちなんで他人の個人情報お手軽お気軽に扱ってんの。
そしてなにさらっと爆弾発言してくれてんの先輩。
「これはあれだ、やっぱり年貢の納め時ってやつだなぁ?エルヴィン。
こんなもん送ってこられるなんて、ご両親本気だぞきっと」
あー、やっぱりこの男にはそのうち一服盛ろう、そうしよう。
****
イグナーツは畏友の若者からの手紙を受け取り、おそらく最近頼んだことの近況だろうと思って開封した。
内容は正しくそうで、思ったよりもとんとん拍子に物事が運んでいるらしく驚いた。
彼はただの出版社で勤めるには惜しい人物で、何度も誘ってはいるのだがなかなかイグナーツの元へは来てくれない。
そんなところも気に入ってはいるのだが、いずれは必ず呼び寄せようと考えている。
――できれば自分の後継として。
いくつかのお願いという形の確認があったので、承知の旨を記して使者に届けさせた。
こんなお遊びもたまにはいい。
少しだけ面白くて、そしてどこか優しい気持ちになってから、イグナーツは現実に戻った。




