シャファト家と在りし日の想い出・8
「初めまして、国璽尚書室のシャファトです」
「――本日はご子息の件でしょうか?」
挨拶を受けて座るなり、エドゥアルトは訊ねた。
「ええ、まあそうですね。
ウチの息子に目を付けたという慧眼の師団長さんにお会いしてみようと思いまして」
「では、親御さんとしてはこちらに…」
「いえ、わたしは息子の好きにさせるつもりでいます。
警らになるのは、彼の悲願だったので」
「悲願…ですか」
エドゥアルトは困ったような顔をした。
「何度かご本人からも話は伺ったのですが…どうもよく理解できないのですよ。
御家に生まれたご嫡男の彼が、どうして平民の職業に就きたいと考えるのでしょうか、シャファト伯爵?」
「ここでの肩書は秘書官で。
わたしは仕事柄法に近しく触れますので、息子が警らになりたいと言った日からずっといろいろな法令をさらってきましたが、貴族位の者ないしそれに準ずる者が警ら及び他の民間の職業に就いてはいけないというものはありませんでした。
特に問題はないでしょう」
「それは…そうなのかもしれませんが…御家としてはいかがなものか?」
「問題ありませんね、不都合は何もない」
「しかし、社交から遠ざかっていらっしゃるでしょう」
被せるように訊ねてきたエドゥアルトに、ユリアンは苦笑した。
根っから貴族の価値観を真だと考えているのだろう。
若いな、とユリアンは思った。
「…そればかりが大切なものではありませんよ。
わたしはわたしの息子の意志を尊重したい、それだけです」
ユリアンはふと、壁際に控えているカミルを見た。
この子はどうしてずっと泣くのを堪えるような顔をしているのだろう。
先ほど会った時から、ずっと。
「…カミル君は、騎士になりたいのかい」
問いかけると、彼はびくりと体をこわばらせた。
「はい…はい!」
「いいお返事だね。
では例えばで話すけれど、わたしが国璽尚書秘書として君に文官としての内示を出したとしたらどうする?部署はどこでもいいよ。
ウチくる?」
カミルは見るからに青ざめた。
「す、すみません、あの、お気持ちだけで…」
「大丈夫だよ、例えばの話だから」
ユリアンはエドゥアルトに向き直って言った。
「わたしはカミル君に立派な騎士になって欲しいと思いますよ。
それと同じようにウチの息子にも、ちゃんと自分の夢を叶えて欲しい。
これっておかしなことですかね?」
「いや…それは」呆気にとられたようにエドゥアルトは呟いた。
「それに、カミル君は幼い時からあなたに仕えているそうではないですか。
騎士になられる方はおおかたそうでしょう。
なるための訓練と努力を長い期間を掛けてしている。
それをウチの息子が、一足飛びに騎士になるのですか?おかしな話です」
「――しかし、イェルク君は警らとしての実績があるでしょう」
「認めてくださってありがとう、あの子の警らとしての努力を。
わたしはそれをあの子から取り上げるような、非情な親ではないつもりです」
「……」
言を継げなくなったエドゥアルトに、ユリアンは辞する旨を告げた。
「突然押しかけてしまい申し訳ありませんでした、お話しできて良かったですよ」
「いえ、かえってお運びいただき恐縮です、シャファト秘書官。
そして…カミルのことも気遣ってくださりありがとう」
ユリアンはにっこり笑った。
「楽しみだねぇ、カミル君。
君の騎士の任命書には、きっとわたしが国璽を捺すことにしよう」
堪えきれなくなって、カミルは俯いて目をぬぐった。
若い子が自分の人生とかいろんなことに悩むのっていいよね…




