シャファト家と在りし日の想い出・7
「うちの娘が茶に凝っててね、珍しい東洋の茶を分けてもらったんだ。
飲んでみないか」
湯沸かしのアルコールランプに火を入れて、ランドルフはイェルクに訊ねた。
イェルクははいと口を動かしたが、声にはならなかった。
緊張しすぎていたのだと思う。
「…なんだかお前が初めて来た時みたいだな」
ランドルフはそんなイェルクの様子を見て笑い、用意した茶器に茶葉を淹れた。
やがて湯が落ちて、ランドルフはゆっくりと茶器にそれを注いだ。
ランドルフとなら沈黙は怖くなかった。
むしろそこに優しい気遣いを感じて、イェルクは滲み出そうな涙を呑み込むために少し上向いた。
ランドルフはたぶんそれに気付いたけれど、何も言わないでくれた。
「…さて、なにから話そうかな…」
カップをイェルクの前に置き、自分も正面に座って、ランドルフは呟いた。
たぶん、話すべきことはたくさんある。
でもそのどれもこれもが何か取り返しのつかないことの決定打になりそうで、怖くて、イェルクは何も言えなかった。
「そういえば正式な書状を見せてないな、すまん…これだ」
座ったまま振り返って器用に執務机から一枚の紙を取ったランドルフはローテーブルのイェルクの前に差し出した。
手に持つだけで承諾と思われる気がして、イェルクはそのまま見た。
騎士団団員推挙に関する案件とある。
小難しくて長ったらしい文句の羅列に、イェルクの名前と、その行状、家のことなどがさも知ったかのように書かれている。
そして推薦者の名前は第二師団師団長エドゥアルト・キュンツェルとあった。
あのキラキラだ。
怒りがこみあげてきてその名を睨んだ。
もう誘わないって言ったのに、あの握手はなんだったのか。
ひとつほっとしたのは、国璽が捺されていなかったこと。
これは父の元まで行かず、目に触れなかったのだろう。
それか他の誰かが承認をする前に差し戻して、この状態で届くようにしてくれたのだ。
逃げ道はあった。
これは国璽の捺された正式な文書ではない。
「…どうしたい?」
「嫌です。
僕は警らです」
書状を睨みつけるイェルクにランドルフは訊ね、イェルクははっきりと即答した。
やんわりと、父に似た仕方でランドルフは微笑んだ。
「…そうだろうとも」
「今後のことを話し合う必要がある。
正直に言うが、俺たち警ら側から、この話を蹴ることはまず、無理だ。
お前はしっかりとした身持ちのいい若者だし、しっかり仕事もこなしてきた。
行状の面からもこの推挙は特に問題があるわけではないんだ」
褒められてイェルクは照れた。
そんな場合ではないのだけれど。
「…どうなるかわからないが、一緒に考えよう。
残れる方法を」
欲しかった言葉が突然もらえて、思わずぽろりとイェルクは泣いてしまった。
慌ててごまかして「よろしくお願いします」と頭を下げたら、その頭をわちゃわちゃと撫で回された。
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警ら隊2班副長のディーデリヒは、最高に苛立っていた。
それはかねてから警ら内で有名だった貴族の巡回隊員が、王宮騎士団に推薦されたことに起因する。
それ自体は問題ない、いや、歓迎だ、ウェルカムだ。
平民で構成される警らから騎士を出すなんてすばらしい、いいぞもっとやれ。
この際本人の身分はどうでもいい。
警らから出た、という事実が尊いのだ。
だからさっさと行ってしまえ。
…と思っているのだが、どうにもそいつの所属班の反応が悪い。
普通そこ喜ぶとこだろ、同僚が騎士になるんだぞ、すごくないか?
なんならその内自分も取り挙げてもらえるかも、とか期待するとこじゃないか、そこ。
まぁないだろうが。
しかもなんだか本人自身が乗り気じゃないらしい。
うそ、なんで。
王宮騎士とか最高じゃん。
退職後も年金もらえんだぞ。
最高じゃん。
警らなんてヤクザな仕事してるよりずっといい。
なにが嫌なん?意味わかんねぇ。
そして、騎士様側からの圧力が怖い。
うん、なんだろう、あのビシバシ出てるなにか。
「色よいお返事を期待しております」と先ほど帰って行った使いの騎士(返事貰いにきたんだけど?え、まだなのなんで?君たち怠慢?え、仕事遅くない?何してんの?ひまなの?と言いに来た)は、しっかり「また来ます」とも言った。
なんで?きっとそれあんたのがひまじゃん?
そんなこんなで、ディーデリヒは直接本人を説得しようと思った。
手帳を開いて予定を確認する。
何日後なら大丈夫かな…
勝手に動くキャラを持つとですねぇ…
いろいろ書くことが増えてですねぇ…
「あれ、どうしてこうなった?」て…




