居眠り姫と専属の護衛
『…とまあいろいろ書いたけれど面白かったよ。
父さんにも見せたいからしばらく借りるね。
うんたぶん一ヶ月くらい。
僕はこれから夜勤が続くからまた会えたときに。
じゃあおやすみ、いい子にしててね。
君の美しくかっこいい兄より。』
「甘いですわねお兄様」
夕刻に目覚めてのろのろと起き上がり、文机の上に文鎮で留められていた何枚かの便箋を読み、ルドヴィカは呟いた。
甘い、最近流行りのクイニーアマンより甘い。
あえて修正などを入れた筆記帳を使ったとはいえ、こうもあっさり引っ掛かるとは。
入稿用の原稿はもちろん他にある。
出版の野望を遅らせようという目論見、予想していないわけがないではないか。
やはり兄は警ら隊なんていう肉体労働なんか向いていないのだ。
汗臭くなるだけでなく脳筋にまでなってしまった。
知略とも言えないこの程度の策にひっかかるなど、私の兄としての自覚が足りない、大いに反省を促したいところだ。
「…でもまあ最初の読者ですから多目にみますわ」
つっこみはいろいろ入ったが、面白かったと言ってもらえるのはやはり嬉しかった。
たぶんそこばっかり40回くらい読んだ。
納得できたつっこみに関しては今晩中に検討しよう。
読者の声大事。
「そうね、あさって持ち込みね」
兄が夜勤でよかった。
****
「というわけでザシャ、おでかけです」
「ぜんぜんどういうわけか分からないけど、承知しましたよお嬢様」
兄イェルクと同じく汗臭い系男子の自分専属護衛を捜して庭先に出、そこでまさしく薪割りなどして汗臭くなっていたザシャに、ルドヴィカは開口一番命じた。
ちなみに彼は親戚筋に当たるので、家族同様「ルイーゼ」と愛称で呼ぶように再三述べているのだがずっと固辞している。
なんだかお給金を頂いている以上どーのこーのらしい。
大人って大変。
「今日のタロウはまた一段と照り光がすごいな、カバーを替えたのか」
「そうなのわかりましてザシャ?!
この玉虫色に灰が入った織りをご覧になって!素敵でしょう?!かっこいいでしょう?!でも差し上げませんわよ!」
「いらないよ、お嬢様の腹心を奪ったりしない」
首にかけたタオルで額を拭いながら、ザシャは少し笑った。
素晴らしい心掛けである。
「で、どこいくの。
俺今絶賛汗臭いけど」
「仕方がありませんわ、背に腹は替えられませんもの。
午前中にさーっと行ってさーっと帰ってきたいの。
お兄様が寝てる間に」
「うわー、なんかろくでもないことっぽいな。
もしかしなくてもそれ後で俺が怒られるヤツだろ。
断っていい?」
「だめですわ。
最初からザシャは共犯になることになっているのです、わたくしの中で。
参りますわよ」
てちてちとルドヴィカは停車場へと向かい、最初から断ることなどムリと解っているザシャは数歩でそれに追いついた。
二人が並ぶと色は違えど親子のようだった。
ザシャは今年14になったルドヴィカの倍の年齢なので、正直ルドヴィカにとっては父と似たようなものだ。
ということを去年言ったらしばらく引きずるくらいのショックを受けていたのでもう言わない。
年齢というのは男性にとっても繊細な問題らしい。
御者のツェーザルに行き先を告げたら変な顔をされたが、ザシャも一緒だったので「わかりました」と彼は頷いた。
これでツェーザルも共犯である。