シャファト家と在りし日の想い出・4
とりあえず顔だけ洗って着替えて出勤すると、隊長室ではイェルクとランドルフが話し合っているようだった。
声が聴こえてノックをやめ、スヴェンはいくつかの呼吸の後引き返した。
どんな顔をしてイェルクに会えばいいだろう。
その時を少しだけ遅らせようとスヴェンは悪あがきした。
詰め所には待ち構えていたかのようにテオが立っていて、その顔を見てたぶんそうなのだろうと思った。
「副長、今日は俺と巡回、どうですか」
「…酒臭いっすね」
「すまん…風呂に入る時間がなかった」
「いつまで飲んでたんですか」
「二時間前くらいかな」
「はは、豪気だなぁ」
快晴の空は徹夜の目に眩しかった。
なにひとつ晴れた気持ちになれずにスヴェンはテオと共に街に降り立った。
切り出したのはテオの方だった。
「騎士になるんですね、イェルクは」
「…まだ決定じゃない」
「でも、総意なんでしょう、本人以外の」
「本人が決めることだ」
「わりとロマンチストですね、副長」
苦笑しながらテオは言った。
「…正直、羨ましいですよ」
笑ながらテオは呟いた。
こいつはそういう奴だ。
本心を笑顔で茶化そうとする。
人一番気遣いのできるやつで、だから自分の気持ちは二の次だ。
だから、気持ちを吐露したときはそれは。
「…悔しいですよ。
本当に」
スヴェンはじっとテオの薄い色の瞳を見た。
イェルクが7班所属になったのはテオがいたからだ。
少しでも環境が似た奴がいた方がいいだろう、との2班の心遣いで、そのお陰でこの一年馬鹿な毎日を過ごせたことは感謝している。
貴族位の人間が来るなど、皆戦々恐々だった時のことを思い出す。
迎えてみたら愛すべき阿呆だった。
そんなイェルクをテオも可愛がっていたはずだった。
「弟ができたみたいだ」と笑っていた。
「なろうと思ってなれるものじゃない、騎士は」
笑顔で吐き捨てたテオに、スヴェンは何も言えなかった。
かけるべき相応しい言葉がどこかにあるはずなのに、それを探すこともできなかった。
テオの悲しみはきっとスヴェンにはわからない。
受け止めたいと思うけれど、ただこうして聴くだけがなんの役に立つのか。
でもどこかで口を挿むべきではないことも理解していた。
そしてテオがこうして独白の相手に、自分を選んでくれたことにも感謝した。
たぶんこれを最後にテオはまたすべてを笑顔に包むのだと思う。
テオが街を往く騎士に真っ直ぐな眼差しを向けるのを知っている。
イェルクとテオの違いはなにか。
同じ世襲の爵位持ちの家の人間だ。
そして共に警らという仕事に誇りを持ち、真摯に向き合っている。
共に7班のムードメーカーで、ときどき詰め所でお前らなにいちゃついてんだよ、と言いたくなるほど仲がいい。
だからスヴェンはテオの心の最後の言葉を聞きたくなかった。
そしてテオも無表情を作ってそれを言わなかった。
イェルクはれっきとした貴族の家の者であり、テオの家の爵位は準男爵――平民だった。




