シャファト家と在りし日の想い出・2
「おはようございます」
シン、と静まり返った詰め所を見て、イェルクはああ、と心で呟いた。
もう、駄目なのか。
「…隊長が呼んでたよ」
初めに声を上げたのは日勤でよく組むテオで、声色はいつもと変わらなかったけれどイェルクはそちらを向けなかった。
「ありがとう」とひとこと言って、俯きながら廊下を歩いた。
誰の目も真っ直ぐに見られない。
…一晩中父と話をした。
たぶん人生で一番話したんじゃないかというくらい話した。
どこか抜けてて面白い人だと思っていた父は、優しくて自分の脚で立っている人だった。
いろんな話をした。
どうでもいいことも話した。
朝になって約束した。
「ちゃんと自分で決める」ということ。
そしてその決定を父は「全力で」支持するということ。
その言葉が嬉しくて、でも上手く泣けなかった。
ノックをすると誰何があった。
「イェルクです」と答えた声が自分のものに聴こえなかった。
指示されて入った部屋にスヴェンがいなくて、どこか気持ちの隅でほっとした。
「おはよう、イェルク」
ランドルフ隊長の声にうっかり泣きそうになって、唇の内側を噛んでから「おはようございます」と答えた。
父さんと確か同い年で、髪色も似ていて、実の息子のように可愛がってくれた人。
この人の下で働く事を、疑問に思ったことなんてなかった。
「…話をしようか」
問われた言葉にその目を見ることないまま、イェルクは頷いた。
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アロイスは受け取った手紙の束を見もせずに仕分けしながら、いくつかの山のひとつから取り立てて目立たぬ封書を取り出した。
差出人を確認もせずナイフで開封し、便箋の内容を検めた。
内容は予想していたものですでに返信は書いてあったので、三通の手紙に署名して封印し届けさせた。
そのまま通常業務に戻った。
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「エルヴィーン、また親御さんからだー」
勘弁してくれ。
いくら一緒に住んでいなくても、週二で届く手紙とか過干渉通り越してもうホラー。
「今日のでかいぞ?見合いの釣書でも入ってんじゃね?」
笑って言うな、笑い事じゃない。
…中を検めたらまじで釣書だった。
「うぇっへっへっへ、もう諦めろ」
…この男先輩じゃなかったら一服盛ってやるのに。
あー、とりあえず、あれだ。
そうだ、往診いこう。
散歩という名の往診だ、うん。
きっとわたしは仕事で忙しい。
そろそろ毎年のあの日だしな。
患者の状況は把握しなきゃな。
うん。




