シャファト家と在りし日の想い出・1
翌朝何事もなかったかのようにイェルクは出勤していった。
明け方に父が兄の部屋から出てきたとだけラーラから聞いた。
二人とも寝ていないのでは、と思ったが、朝食の席ではそんなことおくびにも出さなかった。
父も兄もなにも言わなかったので、ルドヴィカもなにも訊かなかった。
空気を読んで訊けなかったというのが正しい。
ただ父が「今日も必ず帰ってくるからね」と言ってくれたのが嬉しかった。
この時季になるとどうしてもルドヴィカはひとりでいるのが辛くなる。
メリッサを撫でながら、窓から薄い青の空を見上げた。
もうすぐ、5回目の記念日が来る。
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出勤すると同僚が死んでいた。
「…ごめんよ、君のことは忘れない」と言いつつユリアンは尚書秘書室の床に伸びている同僚にブランケットを掛けてやった。
そもそも秘書室にブランケットが常備してあるのがおかしいと思うじゃん?でもすごく活躍してくれるんだよね!主にこんなときとかね!
昨日無理やり帰ってしまったので今日は同僚の仇を取りたいところだが、ぜっっったいに帰る、絶対にだ。
よってユリアンは同僚を弔った後、部屋を出て、国璽尚書室へと向かった。
「いいかげん仕事してください」と言いに行くために。
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「絶対になにがあっても帰りますので。
あんたが仕事してください」
入るなり挨拶もなしにユリアンは中の人に宣言した。
窓の外に向けて椅子に座っているので頭先しか見えない。
なにか手に持って読むような仕草をしているがぜっっっっったいに仕事に関することではない、領地賭けてもいい。
「まじで?おまえ最近ずっと帰ってなかったのに?」
こっちを向きもせずにぐーたら上司は言った。
「はい、帰ります。
あんたがちゃんと働いてくれさえすれば帰れるんですよわたしたちは!!!」
「昨日帰ったじゃん」
「そのせいでトビアスが死にました」
「うわー、ひでー、見殺しにしてやんのー」
元はと言えばあんたが働かないからでしょうがという丁寧なつっこみなどしてやらない、絶対にだ!
「うんまぁ、いいよ、帰れ」
「………は?」
「仕事してやるよって言ってんの。
おまえ帰れるように」
「………え?」
あまりに理解が追い付かないことを言われてユリアンはそのまま固まった。
「なんかおまえんち、おもしれぇなぁ」
上司はあんまり面白そうでもない調子でまだなにかを読んでいる。
それに見覚えがあって…「…ぅあっ?!」とユリアンは叫んだ。
「なんであんたが持ってんですか?!返しなさい!!」
「いやー、おまえの娘おもしれーわー。
本出たらサインもらってくれや」
片手に持ってひらひらと掲げてきたので奪い取った。
…『いねむりひめ』の筆記帳だった。
「…あんたもしかして手紙も」
「読んだよ、挟まってたもん」
執務机に忘れて帰った昨日の自分を呪ってユリアンは頭を抱えて蹲った。
――よりによってこいつにバレた。
「それにしても、かっけの息子は第二師団行くって?おまえ忙しいなぁ」
「…愚問ですが訊いときましょう、なんで知ってんですか」
「おれだから」
なんでこんな人の下で働いてんの自分。
もう涙が出ちゃう。
「かわいい?」
「は?」
「娘」
「なに言ってんですか、当然でしょう、わたしとオティーリエの娘ですよ。
この世に顕現した天使ですよ」
「まじで」
くるり、と椅子をかえして上司がこちらを向いた。
「嫁にもらってやろうか?」
「ふっっっざけんじゃないですよ!!!だれがあんたにやりますか!!!」
全力でユリアンは拒否した。
悪夢だ。
ぜったいにありえない。
「おまえが帰れるようにおまえの娘のためにおれが働いてやるんだもん、いいじゃん?
もうこれ養ってると一緒じゃね?」
「へんな屁理屈捏ねんじゃないですよっ!!!そもそもあんたが仕事すんのは普通のことなんですよ!!!」
「いやー、まじでいってんだけどなー」
「おっさんがふざけんじゃないですよ!!!断る!!!」
ぎゃーぎゃーとやりとりがあったが、 国璽尚書室前を通りがかった者は一様にして気にも留めなかった。
いつものことだったから。
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国璽尚書ヴィンツェンツ・ ジーゲルトが仕事をしているという話題でその日朝廷では持ちきりだった。
少々変わった性格で、変わった風貌の彼は、有能なのにとにかく働かないことで有名だった。
どういう風の吹き回しか。
どうやら嫁を取るためらしい。
なんか今日でなろうのアカウント作って1ヶ月っぽいんですよ
お祝いにできれば今日中にもう一本…できれば…
国璽尚書は大法官みたいな仕事してます
単に尚書って言葉がすきなのでそっち使いたかっただけです
あんまり深いことは考えて書いてません、すみません




