居眠り姫とお父様・4
「イェルク、ちょっといいか」
「なんですか師匠、おれ今ハイデマリーさんの店の周りうろつくのに忙しいんです、邪魔しないでください」
捜して声を掛けたら人としても警らとしても駄目なことをイェルクがほざいた。
ハイデマリーとは7班地区の警らに有名な花屋の愛想のいい売り子だ。
ちなみに巨乳である。
「…仕事しろよお前は」
「してますよ、心をこめて」
「マリーに心込めてるだけだろが」
「なっ…!?」
イェルクが跳び上がって驚いた。
「なんすか師匠、なんでハイデマリーさんのこと愛称で呼んでるんですか?え、なんでっすか?!」
「知りたいか」
にやり、とスヴェンが笑んだ。
「じゃあついてこい」
「ええええええ、なにそれ、ここじゃ言えない関係てことすか?!」
「どうかなぁ」
のんびりとした口調でスヴェンが言って歩き出すと、「まじかよー…うわ凹む、めっちゃ凹む…」と呟きながらイェルクが追いかけてくる。
こんな馬鹿なやりとりが好きだった。
「うわぁーーー、イェルクだぁああ!!たおせーーー!!」
店裏の路地に入った途端に子どもたちに跳びかかられ、「うおおおおおおお!!」と律義にイェルクは倒された。
見た目が怖いおっさんのスヴェンにはあり得ないが、イェルクはとにかく子どもに懐かれる。
ので、警ら中によくある光景だった。
この前は4歳のカティンカちゃんに「およめになってあげる」と言われていた。
そしてやたらおばあちゃんにもてる。
飴とかもらってる。
「…お前、ほんと警ら向いてるよなぁ」
嵐のように去っていくちびっこたちを見送りながら呟くと、イェルクは顔を輝かせた。
「まじっすか、すげー嬉しい!」
一瞬何も言えなくなって、スヴェンは目を逸らした。
「――子どもの頃に警らになろうと思ったんだろ?」
「え、誰から聞いたんすか?」
「だれだっけな…忘れた」
「子どもっても、5年前ですけど。
おれあの頃ひょろがりで」
会釈をしてくれる通行人に礼を返しつつ、イェルクは言った。
「妹と家抜け出して遠出して。
帰りに迷子になってたとこ、めっちゃかっこいい警らさんに見つけてもらって。
あんときですねー、絶対警らなってやるーて思ったの」
「懐かしー」と言いつつ笑うイェルクに、「へぇ」とスヴェンは相槌を打った。
「名前教えてくんなかったんすよね、その警らさん。
ちょうかっこよくないっすか?颯爽と現われて助けてくれて、名乗りもしないで去っていく。
まじヒーローじゃないすか」
「ふはは」思わずスヴェンは笑った。
「お前、名乗りまくってるじゃんか」
「そーなんすよねー…訊かれたらなんか答えちゃうんで、そろそろおれのヒーローキャリア形成のために颯爽と去る練習しなきゃ」
大真面目にイェルクが言うので、スヴェンは切なさを棚に上げて微笑んだ。
「お前もうヒーローだよ」
「………なんすかそれ。
師匠なんか拾って食いましたか?」
「いやまじだって。
7班の奴ら皆そう思ってる」
「はあ?」
「俺たちをヒーローにしてくれたヒーローだ」
「ちょっと意味わかんないっすねー」
「ところで」とイェルクは表情を改めた。
「ハイデマリーさんとは、どういうご関係で?師匠」
「お前なぁ、あいついくつだと思ってんだ?けっこうババァだぞ」
「え、いくつなんすか?
…てゆーか今誤魔化しました?」
「お前の親と変わんないくらいだぞ、若作りしてるだけで」
「………無問題です!!」
「守備範囲広いな、お前…」
「で、ご関係は?彼女っすか?カレカノ関係なんすか?!」
笑いながらスヴェンはのらりくらりとかわした。
ただ単にいとこだというだけだが、この他愛ない会話を、もう少し続ける贅沢を、今は噛みしめたかった。




