居眠り姫とお父様・3
「息子の持病のかっけが悪化して倒れた」と言ったら「…………あぁ、うん、頑張って…」と見送られてユリアンは遅い午後からの休みを勝ち取った。
もうだめ、これこのまま仕事してたら家に着くの深夜。
むり、いろいろむり。
たぶん昨日の息子の王宮迷子事件の件でいろいろ心配やら同情を交えた想像で見送ってくれた同僚に、もう今年の歳末はめっちゃ付け届けするからね、本当ありがとね!と心で敬礼したユリアンは、カフスを緩めながら広い廊下を急いだ。
「帰るよー」という先触れも出さず、王宮の馬車を管理職権限で借りて家路に着く。
もうなりふり構っていられない。
とりあえずウチの娘といろいろいろいろいろいろいろいろ話さなければならないのだ。
さっさと帰んなけりゃ娘ちゃん寝ちゃう。
そんなことなったらパパもう泣いちゃう。
てゆーかすでに心は泣いてる。
とにかく夕食前には家に着かねばならない。
ということで全速力で馬車を走らせてもらっていたのだが、案の定ユリアンは寝落ちた。
そして家に着いてから揺り動かされ、やっと目が覚めた次第だった。
「お帰りなさいませ、お館様」
執事のリーヌス始め多くの家人が揃って出迎えた。
先触れを出さなかったのになにこれウチの従僕たち有能。
「すまないね、先触れを出さなかった」
「いえ、そろそろお戻りかと思っておりましたので」
うーん?なんでかなぁ?リーナスとはもっとなにか話し合うべきことがありそうだなぁ?
「おかえりなさい、お館様」
全力で安堵した様子を隠しもしないでザシャは速足で階段を降りてきた。
「報告ありがとうザシャ、ルイーゼは?」
「すみません、お眠りになってます。
今日はちょっと午後頑張っちゃって、寝るの我慢してたんです」
がしがしと頭をかきながら言うでかい男を見上げて、ユリアンは訊ねた。
「頑張ったってなにを。
あの報告の件か」
ザシャは誤魔化さず答えた。
「まあそうですね」
ザシャと共にユリアンは歩を進め、ルドヴィカの部屋へと向かいつつ、なにから問うていいかわからない疑問をひとつずつ解して訊いた。
「で、ダ・コスタはどこまで関わっている?」
「…難しいですねぇ。
俺が見た範囲で言えば、本当にただの文通相手で。
それで仲良くしてたから出版関連の友達紹介してくれた、そんな感じです」
「お前は会ったんだろ?どうだった?」
「…うーん、たぶん噂通りの人です。
でも、お嬢様のことは本当に友人として大切に扱っていましたよ、これ本当です」
その言葉にユリアンは唸った。
「それはいいことなのかな?」
「少なくとも最悪ではないですよね。
ダ・コスタ商会に目をつけられるにしても、友人としてなら危険がない」
「慰めとしては下手な部類だけど受け取るよ、ありがとう」
ルドヴィカの部屋の前まで来て、ユリアンは知らず深呼吸した。
娘に会うのに緊張するとは何故なのだ。
眠っているとのことなのでノックはせずに入室した。
すぐにラーラが立ち上がり迎えたが、手で制して下がらせる。
ザシャも部屋外で待機していた。
ベット際で見た久しぶりの娘の顔は以前より血色よく見えた。
静かな寝息を聞きながら腰を下ろす。
急いでいたからここにきて、ああ、家に帰ってきたのだ、と改めて思った。
前髪を少しさらって娘の顔をよく見る。
どちらかと言えば自分に似ている。
眉毛の形とか。
あと色は違えども髪の毛の癖の入り方とか。
ああ、そうだな、耳の形もそっくりだ。
娘とそっくりなのにどちらかというと妻に似ている息子とは違って、そこかしこに自分の血を見る。
そうは言いつつも並べば息子も自分に似ていると人々は述べるのだが。
指の背で頬を撫でると、ルドヴィカが少しだけ目を開けた。
起こしてしまったかと思いすぐに手を離したが、ただぼんやりとしているだけで覚醒はしていないらしい。
どこを見るともなく見ているので、視線を合わせて「ルイーゼ」と名を呼んでみた。
すると、一拍置いてルドヴィカはへにゃりと嬉しそうに笑った。
…なにこれかわいい。
ウチの娘かわいい。
うん、知ってた。
ウチの娘かわいい。
「おとうさま」
したったらずに小さな声でルドヴィカは呟いた。
「なんだい」
「おとうさま おねがい」
何でもきこう。
「ぱとろんになるの わたくし ぱと…」
声と共にルドヴィカは沈んでいった。
その後ザシャが全力で問い詰められたのは言うまでもない。
イグナーツ様については別に短編書くかなーとか思いつむりっぽくて流してます、すみません




