居眠り姫とお父様・2
「――パトロンてどうしたらなれますの」
真剣な表情で問うルドヴィカを前に、ザシャとラーラは微妙な表情で顔を見合わせた。
折り入って相談がある
――と言われて、自分が淹れる、と言ってきかなかった茶を、座らせたザシャとラーラに出し、ルドヴィカが発したのはなかなか意表を突くものだった。
しかしなんともルドヴィカらしかった。
「あー、うん、わかった。
ミヒャルケさんのこと?」
「ええもちろんです!!」
せっかく頑張って淹れてくれた茶を飲む。
うん、美味いよ、茶葉がいいから。
ラーラに域に達するまでに今から10年の修業が必要だというだけで。
「神絵師様が生活のために絵筆をとれないなど、あってはならないことですわ!!」
胸の前で手を組んで若干涙ぐみつつ強弁するルドヴィカに、ザシャは苦笑した。
先日のユーリアとの打ち合わせならぬ顔合わせもどきにて、何気なくザシャはユーリアの生活状況について訊ねた。
下宿での一人暮らしであると告げたので、絵の仕事をほとんどしていないならどうやって生計を立てているのか気になったのだ。
「内職と、夕方から非正規の短時間労働をしています」との回答だった。
メリッサとの友誼を深めていたルドヴィカはその場では何も言わなかったが、自分が敬愛する絵描きがその技術だけで食べては行けない事実に大きな衝撃を受けたらしい。
エイリークとタロウと写生帳を持って部屋を訪れたとき、「そんな…神が、神絵師様が労働を…」と呻きながらメリッサに埋まっていた。
「幸いにもわたくしはシャファト家の娘!お金は唸るほどありますわ!家に!」
「そりゃそうだ」
「これは貴族たる者の義務ですわ!わたくしは行動すべきなのです!」
「そうだなぁ、今度来てくれた時に訊いてみれば?援助したいって」
「…」
そわそわと忙しなくルドヴィカは目をあちらこちらにやった。
「…ザシャが訊いてくださいませんこと?」
「なんで。
援助するの別に俺じゃないのに」
「おっ…おおおお、畏れ多いのですわ、わたくしはご援助させていただきたいだけですのに。
その作品を拝見できるだけで恐悦至極、卑しいわたくしめがご本人様にお声がけするなど…」
「え、まだ恥ずかしいの」
「当然です!」
ルドヴィカは居直った。
「ザシャにはあのお方の真価がわかっていないのですわ!素敵に素敵を重ねて美のミルフィーユを生み出される方ですのよ!」
「それここで言ってどうすんの、本人に言ってあげなよ、喜ぶだろ」
「むりですわーーーーー!!!」
叫んでルドヴィカはエイリークに埋まった。
「お嬢様は推しに認識されると死ねるタイプのオタクということですね」とラーラが小声で呟いた。
「えっとごめん、それどういう意味翻訳して」
「はっ!そうですわ!」
ルドヴィカが顔を上げた。
「匿名で毎週お金を郵送すれば…」
「いやそれ怖いだろ」
「ではお兄様に警ら服で『あなたが落とされました』と言って渡してもらえば完璧ですわ!」
「なにが完璧かわからん、それに下手すりゃそれイェルクがしょっ引かれるだろ」
「ふぅぅうううう、パトロンの道、険しいのですわね…」
「そもそも内緒で援助することパトロンになるとは言わんだろー」
ザシャは呆れたようにもっともなことを言った。
「――恐れながら申し上げます、お嬢様」ラーラが静かに口を開いた。
「ビンデバルト様を通されてはいかがでしょうか。
挿絵を描いていただく報酬という形を取るのです」
ルドヴィカがいっぱいに目を見開いた。
「まあ、まぁあ!」
「本が形になり販売されるまで時間は掛かりましょう。
ですので前金という名目でお支払いすれば、挿絵を描くための時間もとれるようになりますし、正当な報酬であれば断られることはなくなるはずですので」
「ラーラ素晴らしいわ!あなた天才ね!」
「ビンデバルト様にお手紙を書きますわ!」
立ち上がってルドヴィカは宣言した。




