居眠り姫とお父様・1
「スヴェン、時間あるか」
警ら隊7班隊長のランドルフにため息交じりに声を掛けられ、スヴェンは従って隊長室に入った。
2班隊長のエッケハルトと副長のディーデリヒがいて、スヴェンは目を張った。
「なんだぁ、なんかうちの班のヤツがやらかしたか?」
「どうだかな、これ見てくれ」
渡された書類に目を走らせ、スヴェンの目が一瞬で鋭くなった。
「…本人には?」
「まだ言ってない」
ランドルフはまたため息を吐き、「…どうしたもんかな」と呟いた。
「シカト一択でしょう、あいつがこんなもの受けるはずがない」
「俺もそう思うが、そう易々と蹴れるものでもない」
「それで2班のお二方が来てるのか」
2班は警ら自体の賞罰や人事を扱う事務方だ。
「控えめに言ってもいい話だとわたしは思うけどね」エッケハルトが言った。
「君たちがどうして嫌がるのかわからないよ」
「俺たちよりも…まあ俺たちもだが。
本人がまず嫌がると思うぞ」
「あいつは警らになるために生まれてきたようなヤツなんです」
吐き捨てるようにスヴェンが言うと、黙っていたディーデリヒが笑った。
「シャファト家の嫡男が?そもそもが可笑しいでしょう。
あるべき位置に戻る、それだけです」
スヴェンにもランドルフにも…その言葉は冷たく響いた。
「…あいつの意志を尊重してください」
「もちろん、考慮はされるとは思うが、それが決定に反映されるとは限らない」
「横暴だ」
「警らなんてさせておく方が横暴だとは考えないのか?彼はいずれ家督を継ぎ、相応の敬意を払われる立場になるだろう。
そうなった時に警らであった過去が何の役に立つと言うんだ、ベッカー」
…わかってはいた。
「彼にとっても僥倖だろう。
間違えてしまった道を若いうちに修正できるのだから」
『警ら、最高にかっこいいじゃないですか』
なんで警らになんてなったんだ、お前貴族なのに。
いろんな人に訊かれては、同じように答えて笑っていた。
皆分かってはいた。
こんなところで一緒にバカやって、笑って、泥臭い仕事に駆けずり回るような奴じゃない。
貴族には貴族の、庶民には庶民の、なにか不文律みたいなものがあって、誰もが前倣いで歩んでいるのに、それをまるで存在しないかのようにバカやって笑ってる。
そんなとんでもなく阿呆なやつを、皆愛していた。
「――あいつが選択したことを、一生懸命警らとしてやってきたことを、間違いなんて言わないでください」
「噂通りだな、7班の貴族坊の溺愛は」
エッケハルトの呆れたとも感心したとも取れない声色の言葉に、スヴェンは言いたい言葉を噛み殺した。
あいつと一緒に働いてみろよ、わかるから。
警らすげーかっこいいって。
多分今頃巡回に出ているだろう。
スヴェンは少し落とした目を上げて、ランドルフを見た。
「いつ知らせるんですか」
「早いうちに。
――頼めるか、スヴェン」
「はい、俺の被護者ですから」
「…頼む」
「…寂しくなるな」
ランドルフが意識せずにぽつりと溢した言葉に、動かせぬ事実を感じて、スヴェンは言葉なく部屋を出た。




