お兄様と王宮の騎士様・5
「なんですって?」
なに言ってんのこの人。
「君を騎士として取り立てようと思っているんだ」
「は?」
なんでそういう話になるの。
「なんでそういう話になるんですか」
「まずは君が気に入ったから」
「――すみません、その思いには応えられません」
くっ…と斜め下に視線をそらして呻いたイェルクに、エドゥアルト慌てたように言った。
「なにか大きな誤解が生まれたな?」
イェルクはてれてれしながら言った。
「僕、色っぽい感じの巨乳で年上のお姉さんが好きなんですよ、なんで、ごめんなさい」
「気持ちはよく解るし君のこともよくわかった気がするよ。
そしてそれは誤解だから落ち着いて話を聞いてくれ、な?」
「えーっと、要するに警らをやめろってことですよね」
すっと表情を消してイェルクが言った。
「お断りします、さようなら」
立ち上がって去ろうとするイェルクに一瞬呆気にとられたエドゥアルトだったが、すぐに取り直してその腕をとった。
「最後まで聞く気はないか?」
「ないですね、時間の無駄です」
きっぱりと断じたイェルクはその勢いで言葉を継いだ。
「だいたいにしてなんなんですか?貴方たち騎士様は。
これまで勧誘がなかったわけじゃないですよ、でもどいつもこいつも警らを見下してる。
僕が貴族位であることがなんだっていうんです、僕はそれでも警らですよ。
貴方たちは貴方たちの仕事をすればいい、僕は僕の仕事をします。
王宮に勤めるのがこの世のすべてではない、僕は民間を守るこの仕事を愛していますよ。
そしてそれが僕のすべてです」
吐き捨てるように言ったイェルクは腕を振りほどこうとしたができなかった。
「放してください」
「ちゃんと話を聞いてくれるなら」エドゥアルトはため息をついた。
「君の気持ちはわかった、そしてどうやら同僚たちが君に不敬を働いたらしい、謝る。
このまま君の気分を損ねたまま帰すつもりはない」
「わかりました、聞きます、はなしてください」
もう一度イェルクは席に着いた。
「ありがとう。
いくつか言い訳をさせてくれ、まず私は警らを貶めたつもりはない。
だが言葉の運びでそう聞こえてしまったかもしれない、申し訳なかった。
警らの仕事があるから私たちは王宮での仕事に専念できる、そのことを感謝もしている。
そしてその上で君を騎士職に誘った」
前かがみになって指を組み、エドゥアルトはイェルクを見つめた。
「信の置ける人材が欲しかったんだ、君に来てほしかった。
君は真っ直ぐで、腹蔵になにも隠していない。
その上若いから、私の下で育てたかった」
同情をこめてイェルクは言った。
「なんか大変なんですね」
「…そうだな、もう慣れてしまった」
エドゥアルトは笑った。
「君にこの話は振らないことにするよ。
だからどうかまず…友人になってくれないか」
「…すみません、僕男色は、ちょっと…」
「いやだからそれは誤解だ、私も女性が好きだ。
私は君の仕事を高く評価する、そして尊敬もするよ。
どうか騎士と騎士職を嫌わないでくれ、嫌な奴ばかりではない」
エドゥアルトは右手を差し出した。
「どうか受けてくれないか」
一拍おいてイェルクが手を出すと、エドゥアルトがそれを取って固く握った。
「ありがとう、感謝する」
イェルクが辞する旨を告げると、「カミル、送れ」とエドゥアルトが案内少年に伝えた。
なんだか濃い午前中だった、とイェルクは思った。
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二人が部屋を出ていった後、エドゥアルトは部屋隅の自分の執務机に戻り、独り言ちた。
「 ―― まぁ、やめないけどね」
書きかけの書類をとって彼はそれにサインし、最後に自分の印章を捺した。
書類は推挙に関するもので、印影は第二師団師団長のものだった。




