居眠り姫と夢見る絵描き・4
「うっわ、さっすが上手いな」
写生帳を見ながらザシャは言った。
「ミヒャルケさんは、ずっと絵の仕事してるの?」
「いえ、あたしなんかまだまだで…!
絵のお仕事はアロイス…えっと、ビンデバルト編集長が、ときどき雑誌の挿絵描かせてくれたりとか、その程度で…」
どんどん小声になって、最後にユーリアは「すみません」と呟いた。
「なにが?」
「あの…せっかくお話をくださったのに、あたし、こんな無名で…それに」
「に?」
ユーリアは口をつぐんだ。
「うーんと、うちのお嬢様は、そんなん気にしないと思うぞ?
なー、お嬢様?」
ザシャが部屋の端っこに声を投げると、メリッサに顔を埋めてうずくまりながらルドヴィカは激しく頷いた。
「とりあえず、引き受けてくれるってことでいいんだよね?なんかお嬢様恥ずかしいみたいだから、この写生帳貸してくんないかな?」
「もちろんです!」
「おーい、お嬢様ー、貸してくれるっていうから後でちゃんと見ようなー?」
メリッサが気の毒になるくらいルドヴィカは頷いた。
「あの…、あたし」
意を決したようにユーリアは顔を上げた。
――ちゃんと言わなきゃ。
部屋隅の小さくまとまった少女を見て、さらに思いは強くなった。
「あたし、すごく、先生のお話に励まされて…すごく」
『いねむりひめ』の旅の目的はふたつあった。
ひとつは、眠りの呪いを解くこと。
「だから、がんばろうと、思うんです」
もうひとつは、名前を取り戻し、自分の名前で呼ばれること。
「あたしも、あたしの名で呼ばれたい」
少しだけ、ルドヴィカの頭が動いた。
ユーリアはずっと男性名を名乗って絵を描いてきた。
女性の画家に需要はなかったから。
大好きな絵を続けるために、自分を偽った。
悔しくても、それしか手段はないと思っていた。
『いねむりひめ』は自ら行動した。
自分の状況を嘆くのではなく、為せることはなにかと問い尋ね、そして旅に出た。
「できること、なんでもやろうと思います。
なので…よろしくお願いします」
立ち上がって頭を下げたユーリアに、びっくりしてルドヴィカも立ち上がり、頭を下げた。
なんだか微笑みが抑えられなくなって、ザシャはにまにまと目を上げると、ラーラの口角も少し上がっていた。
目があってお互い一瞬にやっとした。
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ユーリアを玄関先で見送った後、ルドヴィカは涙目でザシャをメリッサで殴った。
「ザシャ、ばかばかばか、ありがとっ、ばかっ!」
「なんだよそれ、どっちだよ」
「しらないっ」
むくれて部屋へ戻る背中を見て、笑いながらザシャは言った。
「お嬢様ー、俺も読みたいんだけどー」
「しらないっ」
珍しくぱたぱたと走って行ってしまった。
もう少ししたら、タロウとエイリーク、そして写生帳を持ってご機嫌取りにいくか。
ザシャは微笑みながらゆっくりと階段を上った。




