居眠り姫と辣腕編集・4
「…本当にクッションを持ち歩かれているのですね」
客間で席に着くなり、タロウをじっと見てビンデバルト氏は言った。
…なんだろう、いちいち言葉がしゃくに触る。
きっと季節の変わり目だからわたくしの気分に変調があるんだ、とルドヴィカは思うことにした。
「ええ、持ち歩いておりますわ。
お気に障りましたかしら?」
「噂には聞いていたけれど、噂なんてものは誇張されていて当然なので。
クッションに関してだけは本当だったということですね」
うん、微妙。
噂をそのまま鵜呑みにしない姿勢大事、そこは認める、素晴らしい。
でもなんだろう、全体的に言葉がひっかかる。
自分が過敏になっているだけだ、と、静かにルドヴィカは深呼吸をした。
「本題に入りましょう」
切り出そうとしたルドヴィカよりも一息早くビンデバルト氏は言うと、書類鞄から先日ルドヴィカがイグナースに渡した原稿を取り出した。
「御作拝見しました。
結論から言うと大変興味深い、面白いです」
なんだいい人じゃないか。
ルドヴィカはちょっと気をよくして居住まいを正した。
「推敲の跡が見れる原稿を拝見できてよかったです。
修正前の状態でも良作でしたが、無駄が排除され物語としても価値が高まっています」
「それはようございましたわ。
兄に指摘を受けて急いで直したので、新たに書き直す時間がありませんでしたの」
ビンデバルト氏の眼が鋭くなった。
「兄…なるほど、第三者の視線が入ったのですね、納得です。
いくつかの提案があります」
無駄口を叩かない性質なのか、すぐに次の論題に移る。
「希望されている従来の子ども向け絵本として出版するのはもったいないと感じます。
新たな取り組みにはなりますが、写実的な挿絵をふんだんに使った大人向け童話としての出版を検討してみませんか」
「えっ」
まったく考えたこともないことを言われて、ルドヴィカは目を見開いた。
「えーっと、それは挿絵入り小説のようにするということですの?」
「私が構想しているのはあくまで絵本の形です。
子どもが好む簡略化された絵ではなく、大人が娯楽として選択できる絵本を作りたいのです」
「まぁ…」
「ダ・コスタ会長からすべての人の手に渡るようにするよう言われました。
この作品にはその可能性があります、そして私はそれを見たい」
熱のある言葉にルドヴィカは頬を染めた。
やだ、すっごくいい人じゃない。
わたくしったら見た目で判断するなんて恥ずかしいわ。
「あの、わたくし、一応子ども向けに書いたつもりでしたの。
大人向けにしてしまって大丈夫かしら?」
「文体は確かに子どもに読みやすいでしょう。
しかし内容は子どもよりも大人に刺さると感じています。
その不均衡さがこの作品の魅力でもある」
ビンデバルト氏はもう一度書類鞄に手を入れると、紙束を取り出しテーブルに広げた。
「僭越ながら挿絵描きの候補としていくらか見本をお持ちしました、ご査収ください」
「…まあ!…すてき!すてき!すてき!」
立ち上がって興奮するルドヴィカに、黙って聞いていたザシャが近づいてきて背後から覗き込んだ。
人物画が並べられている。
なるほど、たしかに子ども向けの絵ではないが、どれも目を惹く美しい絵だ。
「私はこの構想に自信を持っている…ルドヴィカ嬢、どうかお任せいただけませんか?」
「はい、ビンデバルト様。
『いねむりひめ』を、どうか宜しくお願い致します」
ルドヴィカは丁寧に淑女の礼をした。
だれか『いねむりひめ』かいてください(丸投げ




