居眠り姫と辣腕編集・3
約束の時間の15分前に門前に着けた馬車を自室の窓から見て、ずっとそわそわと歩き回っていたルドヴィカは可及的速やかに玄関へと向かった。
勝負時なのでここはタロウに出張ってもらう。
彼はサムライなのだ。
昨日届いたお手紙の流麗な署名はA・ビンデバルトとなっていた。
イグナーツから紹介された人物で、普段は複数の雑誌の編集を統括しているらしい。
世の中のことに疎いルドヴィカにはそれがどういうことなのか想像するしかないのだが、もしかしなくても大変なお仕事なのではないかと思う。
ルドヴィカは今回の童話の構想に半年かかったし、何度も直して書き上げるのに数ヵ月かかった。
さらにその上でまた手直しが入ったのだから、定期刊行される複数の雑誌を編集するのは途方もなく感じる。
ということで、会う前からルドヴィカは勝手にビンデバルト氏を尊敬していた。
そしてさらに会う前から勝手にイグナーツのような素敵なおじ様だと確信していた。
もうこのBの筆記体の部分とかめちゃくちゃかっこいい。
ぜったい素敵おじ様。
「ザシャ、ザシャもきて!」
廊下で会ったので引っ張っていく。
「童話の話だろ?俺が聞いてても仕方がないだろう」
「素敵おじ様に会うにはザシャの同伴が必要なの!」
「なんだそれ?」
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若っ…!
迎え入れたときそれを声に出さなかったのは褒めて欲しい。
眼鏡をかけた小柄な男性で、一見するとイェルクと同年代にすら思える。
すぐに気を取り直してルドヴィカは挨拶した。
「ようこそお越しくださいました、ビンデバルト様。
ルドヴィカ・フォン・シャファトでございます。
お目にかかれて光栄です」
「こちらこそ、居眠り姫。
お名前はかねがね伺っていましたよ。
アロイス・ビンデバルトです、どうぞよろしく」
声からしても若い。
さらに言うと尋常じゃなく目つきが悪い。
その上居眠り姫呼びとはなんなのだ。
いわゆる第一印象最悪というやつである。
しかしイグナーツ様が紹介してくださった方。
ぐっと肚に力を入れてルドヴィカは微笑んだ。
「ご案内致します、どうぞこちらへ」
「…同伴必要?」
ボソッと言ったザシャに、意地になって「必要!」とルドヴィカは答えた。




