居眠り姫と辣腕編集・2
「どのみち今日は往診の日だから来る予定だったんだけどね」
客間に場所を移して昼には早いので茶を用意する。
ルドヴィカはエルヴィン医師に刺激物の摂取を止められているので、特別な配合の香草茶だ。
先ほどはあまりにも慌てていてクッションを忘れていたので、部屋に寄ってメリッサを連れてきた。
「ところでルドヴィカ嬢、以前言っていた童話はどうなったのかな」
「はい、さっそく編集を担当してくださる方からご連絡いただきまして、今日の夕方お会いしますの」
嬉しそうににこにこするルドヴィカに、茶を飲みながらエルヴィン医師は目を丸くした。
「驚いた、ずいぶんと話が進んでいるね。
わたしには読ませてくれないのかな?」
「先生には完成してからお見せしたいのですわ!なんならサイン入りでお渡しします!」
「それは楽しみにしておこう。
日中の活動が増えるのは良いことだ。
間違っても夜更かしして原稿に向かうなんてことはしてはいけないよ」
ルドヴィカの目が泳いだ。
「この前ちょっと、ちょっとだけ遅くなってしまっただけですわ」
「うん、この前来た時ラーラ嬢に聞いたよ。
お兄さんから感想もらって、日付変わるまで一生懸命直してたって」
「もう、ラーラ!なんで告げ口するの!」
振り返って侍女を非難すると、そ知らぬふりで明後日の方向に向かれた。
「君の様子はちゃんと見ているようにわたしからお願いしているからね。
睡眠リズムを整えるのは君の生活の最重要事項だ。
よくやっていると思うけれど、君は一般の人より疲れやすいのだから無理をしてはいけない」
「はい、気を付けます…」
「…んで、この前から言ってる童話ってなに」
静かに控えていたザシャが訊ねた。
ルドヴィカがきょとんとした。
「言っていなかったかしら?わたくしを題材にした童話ですわ。
もうずっと前から書いていましたの」
「あー、診察のときは彼は部屋にいないしねぇ、聞いていないかもしれない」
「それもそうですわね、なんだか全部伝えていた気になっていましたわ」
「え、もしかして」
ザシャは嫌な考えにたどり着いた。
「もしかして先生、お嬢様がダ・コスタの会長と文通してたこと知ってる…?」
「もちろん」
「ラーラも知ってますわ!」
「えええええええええ」
なんで止めないのこの人たち。
「いいじゃないか、無理せず日中活動が増えるし」
「お嬢様のご友人が増えるのはよいことですわ」
あれ、俺がおかしい?
ザシャは本気で首を捻った。
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私はラーラ。
ルドヴィカお嬢様の侍女でございます。
これまでずっと陰からお嬢様を支えて参りましたが、書いている人がどうしても出したいというのでこうして皆さまの御前に失礼致します。
お嬢様にお仕えし始めましたのは十年前、私もまだ花も恥じらう年頃でございました。
行儀見習いを兼ねての奉公でしたので、ここまで長くお仕えできるとは思いもよりませんでした。
仕事の内容は一般の部屋付き侍女と変わりません。
お嬢様はとてもおおらかな方ではありますが行動自体はとても慎み深い方ですので、他所にお勤めされている方のお話を伺うと、私がいかに恵まれた職場環境か思い知ることがままあります。
他所様と違うところは、ここ数年はお嬢様の体調管理と睡眠記録を任されているところでしょうか。
お嬢様は本当におおらかな方のため、ご自分のことにあまり頓着されません。
ですのでご本人にお任せするととんでもないことになるのでございます。
睡眠記録に関しましては一度ご自分でされていましたが、必ず「ねぇラーラ、わたくしは今日何時ごろに寝ていたかしら?」と、私に訊ねた情報を記録されるので、医師のエルヴィン様から「もうラーラ嬢がつけて」と言われております。
突然眠り込んでしまわれることは、お側に侍らせていただいている者にとって本当に痛ましく感ぜられることです。
原因がわからないとなればなおのこと。
規則正しい生活が改善の役に立であろうとのこと、余計な負担をかけぬよう、けれど適度な運動はしていただく。
それを徹底してきたことにより、最近では眠り込まれる時間もある程度制御できるようになって参りました。
原因はわからない。
確かにそうかもしれません。
しかしきっかけはあったのではないかと、不肖ながら私は考えておりました。
それについてはエルヴィン様にお伝えしたこともございます。
「話してくれてありがとう。
しかし確定ではないから、黙っていてね。
わたしの方でもそれがきっかけになりうるか、いろいろ調べてみるから」
エルヴィン様にお任せ致します。
明達で博聞な方ですから、必ずいつかお嬢様を助けてくださることでしょう。
私はそう信じております。




