居眠り姫と辣腕編集・1
「ほんとーに、すまない」
スヴェンと名乗るイェルクの上司が昏倒したイェルクを背負ってやってきて、朝のシャファト家は上へ下への大騒ぎになった。
いつも倒れるのはルドヴィカの役目であり、それを介抱することはあれどイェルクが介抱されるなど前代未聞で、家僕たちは蒼白な顔でスヴェンを迎え入れた。
ルドヴィカも報告を受けて色を失い、すぐに兄の部屋へと向かった。
「…お兄様」
そっと中に入ると見知らぬ男性がベット脇に立っていて、ルドヴィカを見ると目を真ん丸にした。
「あー、噂の妹ちゃんか。
本当に似てるなー」
「ルドヴィカでございます、兄がお世話になりありがとうございます」
膝を折って挨拶をすると男性は慌てて名乗りをあげた。
「スヴェン・ベッカーです、警ら隊7班の副長をしています。
イェルク君の指導者のひとりです」
「ご丁寧にありがとうございます。
あの、ベッカー様…いったいなにがあったのでしょうか…」
「あー…そのですね」
とてもとても言い辛そうに言葉を選びつつスヴェンは言った。
「えー、夜警時にですね、そのー、深夜営業の店舗の巡回をしまして。
そのときにですねーえー…」
「おい先生連れてきたぞ!!」
ばんっ、と壊れる勢いで扉を開き、右肩にエルヴィン医師を担いでザシャが現れた。
「連れてきたじゃなくてー 誘拐だとー わたしは思うんだよねー」
「細かいこたーいーんだよ、ほら、頼む」
「わたしはルドヴィカ嬢の主治医なんだけどねぇ?」
ベット脇の椅子にセッティングされ、エルヴィン医師はしぶしぶといった体でイェルクに向き直り…やおらチョップした。
「はっ?!ここは…僕はいったい…」
「お兄様!あぁよかった、お兄様!」
「大丈夫かイェルク?!」
「ルイーゼ、ザシャ…ああ、僕の部屋…」
「いったいなにがあったのです…お兄様…」
今にも泣き出さんばかりにルドヴィカが問うと、イェルクは半身を起こしてから考え込むように…そして赤面した。
次いではらはらと涙をこぼし、乙女のように両手で顔を覆った。
「…もう…お婿にいけない…」
「嫡男はお婿にいきません、お兄様!」
「なにがあったイェルク?!それは全年齢対象か?!ついにR15 タグの出番か?!」
「そんな、困ります!わたくし14ですのに!!」
スヴェンが傍らで「あー、なんかイェルクんちって感じするー」と小声で言った。
ザシャがエルヴィン医師と一緒に持ってきた鞄を、エルヴィン医師はごそごそと探って、何かを取り出すとイェルクの頭頂部をわしっと掴んだ。
びっくりしたイェルクは顔から手を離し、口が開いた瞬間にエルヴィン医師はもう一方の手で口を塞いだ。
さらに用意されていた水を飲ませ、もう一度床に伏させた。
ものの10秒程度の早ワザだった。
すぅ、とそのままイェルクは眠りに落ちた。
「先生…それは…」
「胃腸の薬」
「睡眠薬とかでは…?」
「ないよ。
眠かったんじゃない?」
「ところで何故胃腸薬を?」
「ただの飲み過ぎでしょ、これ。
酒の臭いすごいもん」
「医師の診断もくだったことだし、わたしはこれで失礼する。
今晩の夜勤は休むようにイェルク君に伝えてくれ」
キリッとした顔で言うと、スヴェンは「では!」と爽やかに去って行った。
「…逃げたな」
「逃げたねぇ」




