お兄様と夜の蝶?・4
「あんないい子をこんなところ連れてくるなんて悪い大人だね」
「お前が連れて来いと言ったんだろう、エーミール」
トイレに立った後いろいろなテーブルで捕まりいじられているイェルクの姿を肴に、スヴェンはこの店でしか飲まない蒸留酒のグラスを傾けた。
店主のエミが接客をしたことでこの店の常連からは全面的に受け入れられた。
ついでにイェルク自身が素直でひねたところのない性格のため、年長者はだいたい彼のことを可愛がる。
どういう話の流れかわからないがやおら皆に楽団のステージへ押し上げられている。
「元気そうでよかったわ」
呟いたエミの言葉に、スヴェンは意外そうな顔をして訊ねた。
「知っていたのか?」
「一度だけね、妹ちゃんと一緒の時に会ったわよ、エーミールで」
「なるほど、そりゃわからんわけだ」
なにやらステージ中央に立たされたイェルクは、楽団のリュート引きが即興で奏で始めた音に合わせて歌い始めた。
…なんだこいつ上手いぞ。
「わたしの警ら最後の仕事が、迷子のあの子たちを家に送り届けるっていうね」
「まじでか」
「かーわいかったわよー、イェルクちゃん。
大きくなっちゃってぇ、あんなもやしっ子だったのにねぇ、よく鍛えたわね」
サビの部分でイェルクがカウンターテナーを披露し、客からどよめきと拍手が起こった。
セミプロか。
職業選択絶対間違ってるだろ。
「まさか本当に警らになるとは思わなかったわ」
「なに?」
「僕も警らになります!て宣言されたの。
皮肉よね、わたしが辞める日に」
懐かしそうに笑むエミに、スヴェンは少し、息がしづらくなる。
「――戻って来いよ、エーミール」
「やーよ、わたしこの店気に入ってんの」
「そんな格好もか?」
「慣れたらいいもんよ?あんたも着てみる?」
「お断りだ、お前だから似合ってんだろ」
「あらありがとう、いい気になったわ」
歌い終わって一礼しステージを降りようとしたところ、男がひとり乱入しまたイェルクを引き戻す。
どっかで見た顔だが思い出せん。
今度はバリトンとの混声二部合唱になった。
「今日はいい日だわ」
グラスを光にかざして透かし見ながら、微笑むその表情からは何も読み取れなくて、スヴェンは黙してただ酒をあおった。




