居眠り姫と王子様・14
「こっちは、ルイーゼの従者のザシャ。
ザシャ、僕の乳兄弟のリヒャルト」
一応の紹介はされたので、ザシャは頭を下げた。
リヒャルトが笑顔で「よろしく」と手を差し出してきたので握手を交わす。
とても感じの良い青年だ。
ザシャは王宮騎士たちのことを思い出す。
騎士という人種は、選考基準に爽やかさとかいう項目があるに違いないと思った。
イェルクはケーキの箱を侍女長であるザビーナに手渡した。
「みんなの分届けてもらうようにしたから、あとで受け取って」と言い添えるあたり、イェルクも御館様の子どもだよなあ、とザシャは思う。
談話室に入りそれぞれが席に着くと、当然のようにザシャも座るようにとルドヴィカから指示があり、ひとり掛け椅子を示された。
ザシャが「はーい」と軽い返事でそれに従うと、リヒャルト青年は少しだけ驚いたような、それでいてうっすらと嬉しそうな表情を見せる。
主従の隔たりなどないかのように、しかしそれぞれの分はわきまえて。
おそらく、昔からこの兄妹はこうだったのだろう。
三段の菓子段二台に飾り付けられて運ばれてきたケーキは、買った数よりもかなりかさ増ししているようだった。
食べたら早々にお嬢様回収して、どっか行かなきゃなー、とザシャは思った。
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アーダルベルトは妹が苦手だった。
そもそも十一歳も離れている上に、自分は妹が二歳のときに隣国へと留学に出てしまった。
成人を控えて帰ってきた四年後の今、危なげなく自立歩行しているだけでなく意思の疎通まで図れる存在が、あのふにゃふにゃしていたモノと同じとは思えなかったのだ。
なるほど、自分と同じく両親から受け継いだ翠眼で、かつ、母譲りの鮮やかな金髪だ。
アーダルベルトは母に似てくせ毛のきらいがあるが、妹は父に似て真っ直ぐの髪。
そして、どうやら妹は自分が小さかったころに似ているらしい。
なるほどそういうものか、と納得しつつも、苦手意識は変わらなかった。
妹自身も、突然現れた『兄』という存在に戸惑っている様子がありありと見える。
アーダルベルトよりも父の老年の友人にずっと懐いている有り様で、いささか腑に落ちない。
しかしアーダルベルト自身も自ら歩み寄ろうとしているわけでもないので、しかたがないことと思ってもいた。
母が、年明けのお披露目宮廷舞踏会にて、妹の話相手のエスコートをするようにとアーダルベルトへ頭を下げたのは、それを思ってのことでもあるのだろう。
どのみち出なければならない式典なので苦になるわけでもなく、相手が母の親友だった人の忘れ形見であるとなっては、親孝行の側面も出るので否やはない。
先程公務の合間に顔合わせの話も出たことだし、近々そういう席が設けられるのだろう。
アーダルベルトとしては自分の花嫁候補のひとりでもあるため、会っておきたい気持ちもないことはなかった。
王である父は、長いことこじらせた独身で、アーダルベルトが生まれるまで王統の存続すら危ぶまれていた状態だった。
それによって生じた問題や提示された疑義は、議会記録にすら多く残っている。
寝室に裸の美女が待ち構えているのは日常茶飯事だったと耳にしたし、独身の娘を持つ貴族間での緊張は計り知れなかったとも聞く。
そんな状況はもう作ってくれるな、というのが、幼いころからアーダルベルトとへ向けられた期待だった。
よって、自分は父のように自由恋愛などできず早々に結婚をさせられることは決定路線だと知っている。
恋愛ごっこは留学先で済ませてきた。
未練はないし、結婚は義務として執り行うある種の公務だという割り切りもある。
けれどせめて相手を知って選べるくらいにはしておきたい、というのがアーダルベルトの願いだった。
「どんな子だろうね、『居眠り姫』は」
病気が遺伝性でないならば、持病がある王妃というのはなかな民間のウケがいいのではないだろうか。
その場合、自分は手を差し伸べて救った優しい王子様ということになるのだろう。
悪くはない、と思った。
「ゲレオン、母さんに伺いを。
シャファトにはいつ行くか、日程調整しようと伝えて」
控えていた近習に、アーダルベルトは微笑みで告げた。
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物問いたげな視線が、部屋の中を行き交った。
空気を読みまくっているザシャは、どうやってルドヴィカを部屋の外に連れ出すかを真剣に考えていた。
ラーラの茶は美味い、まじで美味い。
「あーっ、そういや、お嬢様。
あれは、あの話は聞かせてあげないの?」
苦し紛れにザシャが言うと、ルドヴィカはきょとんとザシャを見た。
「なんのお話ですの?」
「『いねむりひめ』」
「きゃーーーー‼」
ザシャの声をかき消さんとするためか、思わず立ち上がりながらルドヴィカは悲鳴を上げる。
よし、成功、とザシャは心の中で拳を握った。
「……なんのこと?」
リヒャルト青年が尋ねるので、ルドヴィカは盛大にあちこちに目を泳がせながら「なななななんでもありませんことよ!」と言う。
「ザシャ、ザシャ、わたくしたちは失礼して、ツェーザルのところへ行かねばなりませんわ! そうです、今すぐ行かなければ! 参りますわよ!
失礼いたしますわリヒャルトお兄様‼」
腕をとられて引っ張られる。
苦笑しながら「はいよー」とザシャはそれに従った。