居眠り姫と王子様・12
今月もう一回更新できるようがんばります!!!
「最近はどうしていたの、ルイーゼ? 体調は?」
久しぶりに会った乳兄弟の妹に、リヒャルトはそう尋ねた。
現代医学では解明できていない眠りに関する病を得てしまった、自分にとっても妹のような存在については、これまでも幾度となく思い返してはその体調について案じてはいた。
けれどもその程度で、忙しない生活の中でシャファト家自体と疎遠になってしまい、今日この日までそれを尋ねることもなくやってきてしまった。
ずいぶんと薄情なものだな、とリヒャルトは心中自分を嗤う。
「お薬で調整できておりますし、定期的に午睡もとっております。
以前のように倒れてしまうことはほとんどありませんわ!」
ということは、完治したわけではないのだ。
その事実は年若いリヒャルトにとって残酷に思えるものだったけれども、それでも当人の明るい笑顔に「それはよかったね」と笑顔で返した。
シャファト家の古い家人たちにも歓迎されるのはありがたい話だ。
「ザビーネさん、お久しぶりです」
迎え入れてくれた侍女長に頭を下げる。
彼女はリヒャルトの母と同い年で、リヒャルトのことを本当に可愛がってくれた人のひとりだ。
「本当にお久しぶりですね、大きくなられて……。
まだりんごのタルトはお好きですか?」
「はい、大好きです」
「ではすぐにお持ちします」
その笑顔すら懐かしい。
少しだけ泣きそうになって、リヒャルトは居住まいを正した。
「リヒャルトお兄様、最近のことをお聞かせくださいましね!」
腕を引かれて遊戯室に導かれる。
苦笑しながらリヒャルトはそれに従った。
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「……おまえ、いくつだ」
長考の末に先輩医師にそう言われ、「三十二歳四カ月十六日、|百七十センチ《5.58
Fuß》、五十五キログラム重、基礎疾患ははない」とエルヴィンは即答した。
「よし、痩せ型だな、筋トレしろ」
そう言い捨てて作業に戻ろうとする先輩医師を引き留める。
「かわいい後輩の悩みを解消したいとは思わんのか」
「おまえはかわいくないし悩みを解消するには筋トレが一番だ、筋トレしろ」
「真面目に聞いてくれ、真剣なんだ」
「さきほど真剣に聞いたがあまりにもバカバカしくて真面目に取り合う必要もないと判断した。
三十過ぎたいいおっさんが、なにをほざいているんだ。
筋トレしろ、さもなくば寝ろ」
「昨夜眠剤を飲んで丸六時間寝た、筋トレは今夜から始める、だからちゃんと答えてくれ」
「……座れ」
指し示された椅子にエルヴィンが座ると、先輩医師も椅子を向かい合わせにして座る。
前傾姿勢で両指を組み、エルヴィンの顔を覗き込む。
「もう一度、最初から、さっき言ったことを言ってみろ」
言われて、エルヴィンは左手の小指から指折り順を追って答える。
「ⅰ リーゼロッテ嬢と日曜にデートをした
ⅱ 次の日にシャファト家に往診に行った
ⅲ 侍女のラーラ嬢が迎えに出てくれた
ⅳ ラーラ嬢が茶を淹れてくれた
ⅴ 早めに席を立った
ⅵ ラーラ嬢が玄関まで見送ってくれた
ⅶ 帰宅し、風呂に入った
ⅷ ラーラ嬢とリーゼロッテ嬢のことを繰り返し考えてしまう
ⅸ 眠気が消失し眠剤を服用し就寝
ⅹ ラーラ嬢とリーゼロッテ嬢に関する明晰夢を見た
ⅺ 目が覚めて今に至る
・その一連の流れにより釈然としない感情的わだかまりが生じたが、その内容と原因を特定できない」
「……それがどういう意味か考えろ」
「わからないからあなたの知見を仰いでいるのではないか」
「筋トレして寝ろ! 俺にしょーもないこと解説させようとすんな‼」
「しょーもないとは遺憾だな、わたしは真剣に悩んでいる」
「三十二のおっさんがなんか言ってるよー、怖いよー‼」
「おっさんにおっさんとは言われたくない!」
侃々諤々としたやりとりはしばらくの間続き、その結果エルヴィンは半強制的に筋トレをさせられた。
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花形の近衛騎士であるヤンは、この日とばかりに外務用の儀仗服を着こなした同僚たちとともに要人警護を行っている。
普段はメヒティルデ王女付き近衛騎士のヤンも、見栄えのためにこうして駆り出されることが多い。
ヤンは馬車のすぐ傍で白馬に騎乗し、怪しい動きをする者がないかを見張る。
反対側には違う近衛が。
王族が関わる催し物では、必ず近衛たちがそのような防衛網を敷く。
そしてさらにその周囲と街道を他の部署の騎士が防御し、そのさらに外側を、民間の警らが人波の誘導のために四苦八苦している。
黄色い声援は馬車に乗っている貴人たちに向けたものがほとんどではあるけれども、まれに近衛兵へ向けたものも飛び交う。
おそらく数日の後には、王宮宛てで『茶の髪に薄青の瞳の騎士様へ』という手紙が数通舞い込むことだろう。
ふっと前方の街道に目をやったとき、階段の手すりから身を乗り出すようにしている女性の姿が目に入った。
手に持った大きめの手帳のようなものに一心不乱になにかを書き付けている。
ヤンはそんな存在に思い当たるところがあって、ふっと一瞬口元に笑みを浮かべる。
――本当に、絵を描くのが好きなんだな。
近衛騎士という職に不満はなく、気に入っている。
貴人に直接仕えることができるというのは、おそらくこの国において五指に入る名誉職だ。
しかし、彼女のようにのめり込むようにこの仕事を愛しているか、と問われればそうではない。
なにかを教えられたような気持ちになって、ヤンは心の背筋を糺した。
あなたは幸せ者ですね、ユーリア嬢。
声に出さずにつぶやくと、ふとその顔がこちらを向いて目があったように思えた。
ヤンは片目を瞑って笑った。
黄色い声がいくらか上がった。