居眠り姫と王子様・6
二日連続更新……(感涙)
雲ひとつない秋晴れの朝だった。
それぞれ無言がちに朝食を済ませた後、まずユリアンが出勤し、ルドヴィカたちはユーリアの到着を待って王宮へと向かう。
本当はユーリアの下宿先まで迎えに行くと申し出たのだが、とんでもないと慌てて断られてしまった。
低所得者層の住む界隈にシャファト家の馬車が乗り着けるなど大騒ぎになりかねないとの言葉に、ザシャが「ま、そうだな」と言ったので、ルドヴィカも納得した。
「ユーリア様に、当家へ来ていただけないかしら?」
「んー、そりゃ、お抱えにするならそれがいいわなー。
御館様と相談しなよ」
「そうね、そうします」
まさかそんな会話がなされているとは思わずにユーリアも馬車に乗り込む。
「今日はどちらで写生なさいますか? 中庭であれば、守衛の目につく範囲でどちらにいらしても構いませんが」
「ありがとうございます! ぜひ、この前の回廊から見える全体の範囲を写生させていただきたいです!」
「わかりました、侍女もひとり借りて着けますので、ご自由になさってください」
「ええ!? そんな、あたしに着いていただくなんて申し訳ないです……」
「不案内な中お一人にするわけにはいきませんのでね。
それに歩かれては困る場所もいくらかありますもので」
「あ、はい、そうですよね、わかりました!」
納得して頷くユーリアに、ヨーゼフは微笑んだ。
「メヒティルデ殿下が、貴女に描いていただけることを楽しみにしています。
まだ許可は下りていませんが、いづれ正式に依頼させていただくことになるかと思います」
ユーリアはその言葉に身を竦ませる。
「あの……安請け合いしてしまって申し訳ありません……。
王族の方を描かせていただくだなんて、大変なこと……」
「貴女が腕の良い画家であることは知っています。
陛下も出来上がりを楽しみにされていますよ」
「へっ……へいかっ!?」
「メヒティルデ殿下は銀板写真を撮るのを嫌がられるのですよ、数時間じっとしていなければならないので。
絵姿を描く分には過程が見えて面白いのでしょうね、乗り気でいらっしゃるので、よろしければ陛下の手元に置く複製も欲しいなどと言っていました。
目に入れても痛くない可愛がり方をされているので」
「そそそそそそそっそんなっ!! 畏れ多いですっ!!」
「まあ、乗りかかった船ということで。
宜しくお願い致しますよ」
飄々と微笑んでヨーゼフはユーリアに告げる。
断れる筈もなくユーリアは「はい……」と肩を落とした。
王宮入口でユーリアと別れ、ルドヴィカとザシャはヨーゼフの後に従った。
ザシャは朝からルドヴィカの表情を観察していたが、背筋を伸ばしてタロウを抱え歩くその姿からは、昨日のことを気に病んでいるようには見えなかった。
けれど、それは見えないだけなのもザシャは知っている。
戸口に立つ近衛兵がヨーゼフに敬礼をすると、ヨーゼフはそれに軽く返礼した。
兵が戸を叩くと誰何があり、「シャファト家の皆さまがみえました」との言葉とほぼ同時に扉が開く。
飛び出てきたのはメヒティルデだった。
「ルイーゼ、ザシャ、きました!」
嬉しそうに言うメヒティルデに、「わたしも来ましたよ、殿下」とヨーゼフが面白そうに呟いた。
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「……あの……ここに座って描きたいんですけど、いいですか?」
充てがわれた侍女は先日とは違う侍女で、互いに自己紹介をした後にユーリアはジビレという名の金髪侍女に恐る恐る訊ねた。
「はい、ぜひ。
中庭内でございましたら、どちらでも」
「ありがとうございます! あの、ジビレさんの椅子とか……どこかから借りられますかね?」
「お気遣いありがとうございます、わたくしのことはどうぞお気になさらず。
慣れてございますので」
「でも……」
「数時間くらいなら大丈夫です、仕事ですので」
笑顔で言われてはそれ以上ユーリアはなにも言えなかった。
沸茶器を載せたワゴン車を回廊の端に寄せて控える姿を確認して、ユーリアは先日写生を行ったときのように端に腰掛けを置いて座る。
邪魔にならないように画材を広げると、すぐに写生帳に向かった。
1枚2枚と描き進めてから、場所を移動しようかとふと顔を上げる。
と、隣にしゃがんでいる男性がいて驚いてユーリアは伸び上がった。
「すっげー集中力。
俺ずっといたのに気づかねーし。
ねーさんすごいね、めっちゃ絵ー上手い」
「あ、ありがとうございます……」
ひとまず仰け反ったまま礼を述べる。
侍女の金髪よりもずっと深い色の黄金の髪で、同じく深い翠の瞳の美青年だった。
初めて会う人だが、ここに居るということは王宮関係者なのだろう。
近衛兵の服装ではないから、文官なのかもしれない。
「見せてよ、それ」
にこにこと手を出されたので、写生帳を差し出す。
最初のページからめくって楽しそうに眺めて、「おお、すげえ、めっちゃ似てる」と青年が言う。
「これ、ヤンでしょ? めっちゃ似てる、すげえ。
ねえ、俺も描いてよ、なんかポーズ取るから」
乞われて、「え」とユーリアは言った。
ちょうど描かせてくれないかな、と思ったところだったので。
「ええと……じゃあ、あの、あそこにあるローズアーチのところでとか……お願いできます?」
恐る恐るユーリアが指差すと、「もちろん!」と青年は立ち上がった。
思ったよりも背が高くてびっくりしてユーリアはその姿を見上げた。
さっさと歩いて行ってしまったので、慌てて画材を一度しまう。
侍女と一緒にワゴン車を回廊から下ろして、青年の後を追った。
「じゃ、どんな感じ? お望みのポーズ取るよ?」
楽しそうに言う青年に、ユーリアは思案の後、いくらかの指示を出した。
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昼は王宮内の食堂で皆でとった。
メヒティルデが共に食事をしたい、と言ったが、ユーリアをそのままにするわけにはいかなかったからだ。
昼に待ち合わせていた控えの間に行くと、ユーリアは難しい顔で写生帳に描きつけていた。
「すごく……いいイメージが湧いてきたんです」とのことだった。
一般人が入れない場所とはいえ、ルドヴィカにとって職員食堂という場所での食事は初めての経験で、ウェイターに運んでもらうよりも皆のように自分で膳を取りに行きたいと言って、ヨーゼフを微笑ませた。
たっぷり5分は悩んでA定食にしたルドヴィカは、ザシャと一緒に列に並ぶ。
ヨーゼフはユーリアを席に着かせて、注文を取りに来たウェイターに二人分を頼んだ。
「午前中はどんなものを描かれたのです?」
ヨーゼフが訊ねると、ユーリアは嬉しそうに笑った。
「中央の回廊から見える風景を。
それと通りがかった文官さんがモデルになってくださったので、かなりいい構図で人物画も描けました!」
「それは良かった。
帰りにでもぜひ見せてください」
「はい、もちろん!」
ひどく慎重な足取りで膳を運んできたルドヴィカは、面白そうなザシャの表情とは対象的に真剣な顔をしていた。
「自分でできましたわ!」
卓にそっと置いた後、得意顔で報告する。
「おー、よくおできになりました、お嬢様!」
ザシャが微妙に片言の敬語で褒めると、「簡単でしたわ!」とさらに得意になった。
ヨーゼフとユーリアの膳も運ばれてきて、和気あいあいと四人で食事をした。
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帰りの馬車に乗る頃には、朝方打ち沈んでいたルドヴィカの顔色もいつもの調子に戻って、メヒティルデとどんなことを話したのかを一生懸命話していた。
しばらくはメヒティルデとの相性を見る期間が儲けられているため、付き添い婦人としての勤めを始めたというよりは本当にただ一緒に遊んでいただけだ。
ヨーゼフは誰かに召喚を受けて席を外していたし、ザシャは見守りつつもメヒティルデ付き近衛となにか真剣な話をしていた。
しかしそのうち腕相撲を始めたので、中身のある真剣さではなかったようだ。
「ユーリア様は、今日はどうお過ごしでしたの?」
ルドヴィカが問うと、ユーリアは笑顔で肩がけ鞄から写生帳を取り出した。
うきうきと受け取り開いてみると、美しい青年の横顔や立ち姿が出てきて「まあ、すてき!」とルドヴィカは沸き立った。
「モデルになってくださった方がいらして……おかげさまでとてもいい構図が思い浮かびました。
この方を基礎に、『いねむりひめ』に登場する王子様を描かせていただこうと思います!」
ユーリアが熱い口調で言うと、ルドヴィカも「すごいわ! 本当に王子様ですわ!」と盛り上がる。
「どれ、わたしにも見せてくれるかな」
ルドヴィカがヨーゼフに手渡した写生帳をザシャも覗き込んで、「おお、こりゃまた美男だな」と感心した。
「お祖父様、すごいでしょう? ユーリア様の絵はすばらしいのです!」
写生帳を手にしたまま固まったヨーゼフにルドヴィカが我が事のように自慢した。
「……ユーリア嬢、この方とはどこでお会いになられましたか?」
たっぷりの沈黙の後にヨーゼフはそう訊ねた。
「あたしが中央回廊で描いていたら、そこに通りがかれて、わたしの写生をご覧になっていたんです」
その言葉にヨーゼフは大きなため息を吐きつつ項垂れた。
「え、あっ!
あたしからお願いしたんじゃなくて、あちらから描いて欲しいと言ってくださって……絵本の登場人物のモデルにしてもいいかって伺ったら、いいって言ってくださいました!」
その言葉にますますヨーゼフは前屈んだ。
「えっと……あの、だめでしたかね……?」
恐る恐るユーリアが訊ねると、ヨーゼフは諦めたような表情で身を起こした。
「いえ、本人が許可したなら問題ないでしょう、陛下にはわたしから報告しておきます」
ユーリアは目を真ん丸にした。
「この方は、現国王陛下の御子息であらせられるアーダルベルト様……この国の王太子殿下ですよ」
「は?」という言葉の後、ユーリアは固まった。




