居眠り姫と王子様・2
筆が進まないという書き手のみなさん……Live Novelを使いましょう!!!
エルヴィンが次に目指したのは、小洒落た喫茶店だった。
昔は文豪たちが卓に集まりその議論を闘わせたような歴史ある店で、何代も代替わりをして、今は女性でもひとりで入れるくらいにとっつきやすい店になっている。
学生時代に物見遊山で一度来たことがあるくらいだったが、誰もが知る店なので不案内になることもない。
「嬉しいわ、この店にデートで来れるだなんて」
リーゼロッテは手を打って喜んだ。
「そんなに来たい場所なのですか」
「デートだからいいのよ」
微笑む姿にそういうものだろうか、とエルヴィンは首を傾げた。
店員に案内されて窓際席に着いた。
椅子を引いてリーゼロッテを着席させた際に何気なく店内に目をやったところ、エルヴィンは一瞬硬直した。
左側の壁際席であからさまに新聞で顔を隠した一人客。
中央の二人がけ席にはわざとらしく顔を背けた二人客。
おまえら、暇か、暇人か。
まあまだ三人でよかった、デートプラン作成に関わった人間全員じゃなくて。
変なところでそう納得してエルヴィンも席に着く。
「なにか召し上がりますか、昼ですし」
メニューを店員から受け取り開きながらエルヴィンが問うと、「なにかお薦めはありまして?」と訊ねられたので、「さっぱりわかりませんね、十年振りくらいに来ましたから」と本当のことを言った。
店員女性とリーゼロッテが吹き出した。
「……なにがおかしいのです」
「だって……取り繕わないから……」
ころころとリーゼロッテが笑い転げる中、店員女性は微笑みながらメニューの上方を指差して「こちらはいかがでしょう、当店の自慢料理です」と述べたので、「じゃあ、それをふたつ」と釈然としない面持ちでエルヴィンは答えた。
「お飲み物はどうなさいますか」
「コーヒーで」
「わたくしも」
「はい、ではお持ちします」
にこにことしているリーゼロッテに向き直り、エルヴィンは「……そんなに面白いですか」と多少ふてくされながら訊ねた。
「そうね、うれしいの。
かっこつけないでくれてありがとう」
それは良い意味なのだろうか。
「どういう意味です」と問うと、リーゼロッテは言葉を探すように視線をどこかに流して呟く。
「わたくし、いろいろな男性からお誘いがあるの。
たくさんデートもしてきたわ。
でもこんな風に、背伸びしないでわたくしに付き合ってくれた人、あなた以外にいないわ。
きっとわたくしのことがどうでもいいからでしょう。
それがうれしい」
「どうでもいいなんてことは……」とエルヴィンは否定した。
「わたしだって、こうしてあなたのような綺麗な女性とデートすることに、なにも思わないわけではない」
「あら、じゃあわたくし期待していいの?」
身を乗り出して訊ねるリーゼロッテにエルヴィンはたじろいで「そういうことでは……」と小声で言ったが、「優勢ということね、わかったわ」と彼女は意に介さなかった。
コーヒーが運ばれてきて二人の前に提供される。
その間に店内の同僚どもの姿をちらりと確認したエルヴィンは、ばっちりと目が合ってしまって苦い顔をした。
他人のデートを観察するとはなんて趣味の悪い奴らだ。
「どなたかお知り合い?」
目敏くリーゼロッテが訊ねてきたので、身内の恥ながら「……同僚です」とエルヴィンは白状する。
「どうやらわたしたちがここに来るのを見越して先回りしていたらしい。
悪趣味な暇人どもですよ」
「あら、いいじゃない。
見せつけてやりましょうよ、仲良しなとこ」
楽しそうに微笑むリーゼロッテは、店内に向けて軽く手を降ってみせた。
三人はさも自分が犯人ですとでも自首するように慌てて顔を逸した。
「愛されているのね、エルヴィン様」
コーヒーを吹くところだった。
「……これのどこがですか」
「あら、そうじゃない。
気にかけていて、心配だからこうして見守ろうとしてくれているのでしょう?愛されてるわよ、十分」
愛ってなに、とエルヴィンは哲学的な問いかけをするのを既で抑えた。
「この前研究所のお部屋に伺ったときも思ったわ。
紹介してくださった先輩とおっしゃる方もそうだったけれど、沢山の方がエルヴィン様のことを気にかけていらした。
すごいことだと思ったの、あの時。
こんな人、そうそういないわって」
それはあなたが美人で研究所の奴らはみんな女性に縁遠くて少しでもあなたを眺めたくてそうしていただけだ、ということを、どうスマートに表現して伝えるべきか迷ってエルヴィンは押し黙った。
決してエルヴィンの人望とかそういういい話ではない。
美しい誤解をどうにか解かなければと思うが、結局言葉が見つからなくてため息交じりにエルヴィンは告げた。
「皆あなたをひと目見たかっただけです。
わたしのことを気にかけていたわけではありませんよ。
むしろやっかまれていた」
目を丸くしたリーゼロッテは、微笑んで言う。
「あら、じゃあわたくしたち、公認カップルってことかしら?」
どうしてそうなる。
しかしその笑顔があまりに可愛らしく見えてしまってエルヴィンは二の句が継げなかった。
****
「で、おにーさんたち一体なにやってたの?」
警ら詰め所に連れてこられた研究所所員六名らは、長椅子にぎゅうぎゅうに押し込まれて座り、身を小さくしていた。
所員証を提示して身元の保証はされたが、あんな大通りでこそこそと何をしていたのだと問われれば、馬鹿正直に「他人のデートを監視していました」とも言えず、誰もが押し黙る。
同じことをため息交じりに訊ねられるが、皆上手い言い訳が思いつかずに無言の擦り付けがなされていた。
「はい、じゃああなた。
どうぞ」
「えっ」
指された真ん中に座る研究所員はびくっと伸び上がった。
「状況説明して。
あんなところで一体みんなでこそこそなにやってたの?」
「……」
「あのねえ、ちゃんと説明してくれたら帰してあげられるの!あなたたちは怪しい人たちって市民から通報されちゃってるんだから、ちゃんとあそこにいた理由を教えてほしいわけ!べつに悪いことしてたわけじゃないんでしょ?それを証明してくれって言ってるの。
それともなに、なにか悪事企んでたわけ?」
「いえ決してそういうわけでは……」
「じゃ、話してよ」
結局ごまかしきれずに、指された男性はとつとつと話し始めた。
聞き終えた後、一拍置いて警ら詰め所内は失笑と爆笑と同情が炸裂したという。
****
「ルイーゼ、ちょっとエルヴィン先生に文句言っといて」
げんなりした様子で帰ってくるなり、イェルクはルドヴィカにそう告げた。
「まあ、文句とは穏やかなりませんわね。
どうなさいましたの、お兄様?」
「エルヴィン先生のところの研究所の人たち、市民の通報で大量に検挙されてさあ。
一体なにしてたんだって訊いたら、他人のデートを覗き見してました、だと」
「はあ?なんですの、それ?」
「さっぱりわからないよ。
とりあえず全員に反省文書かせて帰ってもらった。
詰め所じゃ大ウケだったけど。
いい年した大人が一体なにやってるんだか。
頭良すぎると奇行に走りやすくなるのかねー。
あー、無駄に疲れた」
「まあ。
でもエルヴィン先生は関係ないのでしょう?」
「いなかったよ、さすがにいたら引く、ドン引く。
し、ルイーゼの主治医降りてもらうよ、そんなんならさ」
「大丈夫ですわ!エルヴィン先生はそんな変態さんではありません!」
「似た匂いはするけども。
はー、腹減った、今日晩ごはんなにかなー」




