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いねむりひめとおにいさま【プロット版】  作者: つこさん。
第二部

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【100話目】邂逅と後悔・15


いつも読んでくださっているみなさま、ありがとうございます。


1年以上書き続けて、ようやっと100話目をお届けできます。


このお話を書き始めた当初から書きたかった場面です。

せっかくの記念すべき100話のため気合い入れて書いたところ、いつもの4倍近い文字数の5600字になりました。

なのでいつもと違ってさらっと読めないかもしれませんがどうぞお付き合いください。


そして前回どころではないドイツ語ルビがありますが、ひたすら作者がたのしいのでやっているだけですのでスルーしていただいて結構です。


読んでくださること本当に感謝しています、ありがとうございます。




朝になり、ゆるゆると(まぶた)を押し上げると、ベッドの周囲を複数の人間に取り囲まれていて、エルヴィンは二重の意味で目が覚めた。




「おはよう、エルヴィン君、爽やかな朝だね。

ところで今日は何の日かわかっているかい?」



「アリーセが生まれてから1128日目だ」



「基準はそこか、そこなのか」


「そうじゃなくて、待ちに待った君とリーゼロッテ嬢とのデートの日だ。

早速だが準備を始めようか」




布団を()()がされた上無理やり起こされ、エルヴィンは着ていた夜着をむしられそうになり抗議の声を上げた。




「なんなんだ、一体。

やめてくれ」




「おまえがすっぽかそうとしてんのはわかってんだよ!ぜってぇさせねえからな!おら準備だ準備!」


「こいつ服の趣味だけはいいなー、見てみろよ、上等なもん揃えてる」


「普段はきったねえ白衣引っ掛けてるだけなのになあ。

やっぱお貴族様のところに出入りするとなるとちゃんとしなきゃならんのか」


「そうだよなー、そんくらいから服に気ィ遣い始めたんじゃねえか?その前は俺らと一緒で着たきり雀だったはず」


「そういやそうだな。

いつ風呂入ってんのかもわかんなかったよなー」




「ほら、さっさと着替えろ」と勝手に開けられた両開きの収納箪笥(Schrank)からカッター(Cutter)シャツ(Shirt)を取って押し付けられ、エルヴィンはもう一度抗議した。




「なんなんだ、勝手に人の部屋に入って。

だいたいにしてどうやって鍵を空けた?」




「寮長から合鍵借りたに決まってるだろう」


「おまえが美人さんとのデートに行かないつもりだって言ったら憤慨しながら快く貸してくれた」


「正義は我々にあり。

さあさっさと着替えろ、その後デートプランの確認だ」




少しの間絶句してから、エルヴィンは同僚たちを追い立ててる。


「わかったから、出てろ!わたしの着替えが見たいわけじゃないだろう!」


そりゃそうだ、と一同外に出た。





着替えてから口を引き結んだ渋面で出てきたエルヴィンに、同僚らはざわめく。





「……ずいぶんめかしこんだじゃねえか」


「……別に。

どうせ行かされるんだろう、だったら下手な格好はできないってだけだ」





紺青(Preußisch)(Blau)トラウザーズパンツ(Hosen)に同色で乳白色の縦縞が入ったバイカラー(Bicolor)ベスト(Weste)、そして青みがかった薄灰のチェスター(Chester)コート(Mantel)

最近流行りのアスコットタイ(Ascot Thai)は紺のサテン地で、真珠様のスティックピン(Stocknadel)がされていた。

ダービー(Derby)シューズ(Schuhe)は艶を落とした茶色で、一見して全体が上品に見える。


癖のある茶金髪も整えられ、不機嫌な表情さえなければ今すぐデートに送り出せる状態だ。




服ひとつで(Man sagt,)人間てここ(Kleider)まで変われ(machen)るんだな(Leute.)……」


「……人は見た目が10割ってほんとだよな」


「なんか腹立たしいな」


「うん、なんかむかつくな、上手くいきそうで」


「くそう……たいしたイケメンでもないのになんでこいつがあんな美人さんと……」


「なんて運のいいやつだよ、ただのぐーたらなのに……」




散々な言われようにエルヴィンは渋面を深くして「じゃあ、君等が行けばいい」と言ったが、その足で独身者寮備え付けの食堂へと足を向ける。




一行はぞろぞろとそれに続き、朝食の場が最終デート会議の場になったが、程なくエルヴィンは後悔した。




居合わせた全員に注目され、エルヴィンがこれからデートだという情報は独身者寮を駆け巡り、やがて国立総(Nationales)合病理(Institut)(für)研究所(Pathologie)の所員すべてが把握するところとなった。





****




美人さんことリーゼロッテ・ミュラー嬢が定刻前に研究所にやってきたのはすぐにわかった。




正門を入った時点で人々のざわめきが波紋を描くように広がり、すぐに母屋にいたエルヴィンへと「先方、到着」の一報がもたらされた。



「まあ……がんばって来いよ」



多少の憐れみを含んだ声で先輩医師に肩を叩かれ、盛大なため息を()いてからエルヴィンは玄関へと向かう。




玄関は人混みで溢れていた。


が、綺麗に円を描くようにリーゼロッテの半径4メーターは誰もおらず、不自然な空間に凛とした姿で彼女は立っていた。


エルヴィンの姿を認めると表情を(ほころ)ばせ、それに野次馬らは一瞬どよめく。


そうだろう、エルヴィンでさえうっかり可愛いと思ってしまったのだから。




「おはようございます、エルヴィン様。

とても楽しみにして参りました、今日は宜しくお願いいたしますわね?」




首を傾げて微笑むのはあざといと思ったが、綺麗に装ったリーゼロッテを前にエルヴィンは何も言えなかった。



前回会った時は結い上げていた亜麻色の髪は、今日はハーフアップ(Halb hoch)にされ白い花の飾りがされていた。

薄い茶色のワンピ(einteilig)(es)スドレス(Kleid)に薄い黄色の肩掛け(Schal)

明らかにエルヴィンの色を纏ってきたリーゼロッテに対して何が言えただろう。

ああ、とも、うう、ともつかない音でエルヴィンは応じた。



エスコート(Kavalier)の心得などなくて普通に歩き出したエルヴィンに対し、リーゼロッテは何も言わず寄り添うように横に並びその左肘に手をかける。

一瞬エルヴィンはびくりとしたが、意図するところがわかっておとなしくそのまま主導した。



「今日はどちらに連れて行ってくださるの?」



上目遣いでなされた質問に、適当に茶でも飲めばいいと思っていたエルヴィンは今朝復習させられたデートプランを即座に反芻する。


阿呆らしいと耳半分で聞いていたのでうろ覚えだが、同僚のひとりが「うちのねーちゃんがこの店使ってる」と言っていた近隣の雑貨店を思い出して急遽そこに行くことにした。




「なんだか、女性に人気がある雑貨屋があるそうです」


「あら、素敵」




正門前に横付けしていた辻馬車を拾い、手を貸して共に乗り込む。


番地を告げると馬車は滑るように動き出した。




****




「――さて」



美しい晴天の下走り出した馬車を見送り、男たちは各々短外套(Überrock)を着込んだ。



「わたしは、行く。

諸君らはどうする」


「行くに決まっている」


「もちろん」



口々に肯定の声を上げた彼らもまた、それぞれ三台の馬車に乗り込む。




「――前の馬車を追ってくれ」




(Team)守り隊(beobachten)の結成だった。




****




「可愛らしいお店をご存じなのね、エルヴィン様」



棚の品をひとつひとつ手に取って確かめながら、リーゼロッテは面白そうに言う。


とてもではないが男性一人では入ることができないような少女趣味の店だった。




「同僚に聞いたんですよ。

若い女性が好きな店だと」




居心地悪そうに何度も足の重心を変えてみながらなんとなくやり過ごしていたエルヴィンは、少し苦い表情でそれに答えた。

淡い赤と白で統一された店内は、動物を模した小さな陶器の置物や硝子細工、それに文房具や茶器などが所狭しと並べられていて、少しでも動くとぶつかって壊してしまいそうで怖い。


そんな様子のエルヴィンを眺めてリーゼロッテは少し微笑み、彼が立つ隣の棚に手を伸ばした。



「かわいい、これ。

ねえ、あなたに似ていなくて?エルヴィン様」



そう言って見せられたのは手のひらの大きさの、きつねを(かたど)った文鎮だった。




「……きつねでしょう」


「ええ、きつねね」


「わたしに似ているんですか」


「ええ、目元が少し。

それに色もあなたにそっくりだわ」


「……こんなに細い目をしていませんよ」


「あら、わたしわかっていてよ、エルヴィン様は考え事をされるときに目を細めるの。

その時の様子にそっくり」


「……まだ、お会いして二度目ではないですか」


「その間にあなたが考え深い方だって知ったわ」



目を細めそうになってエルヴィンは慌てて目力を強めた。




「わたしこの子買うわね」




会計口へと歩いていくリーゼロッテをエルヴィンは慌てて追いかけて引き止める。


「わたしに似ているものなんて買ってどうするのです」


「あなたに似ているから買うのよ」


「文鎮なんて他にもたくさんあるでしょう」


「これがいいの。

名前はエルナ(Erna)にするわ。

窓辺に飾ってもいいわね」


「勘弁してください……なんだってそんな……」


「あら、別に変なことではないでしょう?婚約者に似たものを持つの」


「こっ……いやわたしはまだそんなことは!」


「まだ?時間があれば結婚してくださるのね。

そうね、お相手さえ決まってしまえばわたしも急ぐことはありませんわ。

年をまたいで春が来てからでも構わなくてよ」


「いえ、ですからわたしは!」




思わず声を張り上げてしまい店内に響いた。


しまった、と思ったが遅い。

人々の目が集まってしまい、エルヴィンは硬直した。





「……少しあなたに似ているだけ。

そんなものを買うのもだめなの?」





()ねた声色でリーゼロッテは言った。


その緑翠の瞳が潤んだのでエルヴィンは降参して財布を出す。





「……わたしが買います。

他に、なにか欲しいものは?」




****




店から出て通りを歩き始めたふたりを物陰から見守るのは、9名の国立総合病理学研究所所員。


トラウムヴェルト国が世界に誇る叡智の集う場所の人間である。


明らかに挙動不審な彼らを、行き交う人は怪訝な顔で見ていた。




「……次はどこへ行く気だ?」


「最初からプランを外して来たからな……見当がつかん」


「方向的にここじゃないか」



ひとりが差し出した資料を全員が覗き込む。



「なるほど……」


「手堅いな」


「少し散歩して打ち解けてからそこか……野郎、考えてやがる」


「これは先回りしておくべきでは?」


「そうだな、店内に潜入しておこう」


「では馬車を捕まえるか」




ひとりが大通りに出て辻馬車に手を挙げたとき、その集団に声を掛ける者があった。




「はーい、おにーさんたちちょっと質問するよー。

ここで何してるのかなー。

身分証出してー」


「うっわ警ら!」


「そう警らのおにーさんでーす。

通報あったんだよねー、ご近所の皆さん怖がってるよー。

ちょおっとだけ詰め所までご同行願えるかなー?」




「散れ!」




ひとりが叫ぶと9人それぞれがばらばらに逃げ始めた。




「甘いなー、7班随一の俊足舐めてもらっちゃ困るよ」




にやりと笑んだ黒髪の警らは同じ方向に走った二人を捕まえ、素早く手錠で連結すると即座にもうひとりを追いかけ捕縛した。


他の警らも駆けつけてさらに3名が捕まえられたが、残る3名は馬車に乗って逃げおおせた。




「うっわー、逃したか。

とりあえずおにーさんたちに事情を訊こうかな?はい立ってー、ちゃかちゃか歩いて―」




ぞろぞろと警ら隊詰め所までの道のりを歩き始めると、歩行者からぱらぱらと拍手が沸いた。




****




並木のある大通りを歩きながら、目力を入れつつどうしたものかとエルヴィンは思案した。


こちらから話題を振らなくてもリーゼロッテがいろいろと質問をしてくれるので、間が持たないということはない。


仕事の内容ですら興味深そうに訊ねてくるので、エルヴィンも時折専門用語を出してしまいながら応じていた。




「……こんな話、楽しいですか」




ふと気になって問うと、リーゼロッテは微笑んで「もちろん」と言った。



「未来の旦那様のお仕事についてですもの、とても楽しいわ」



そもそも結婚する気のないエルヴィンはその言葉に困惑しきって、言葉も選べないままに口を開こうとした時に、後ろから声が掛けられた。




「ロッテ?」




びくり、とリーゼロッテは反応した。


エルヴィンと共に足をとめたが、振り返ろうとしないのでエルヴィンが後ろを向く。


ベストの前を開けて、全体的にも服を着崩した、決して小綺麗には見えない細身の男性が立っていた。



「ロッテだよな?えらい小洒落た旦那を連れてるじゃないか。

忘れちゃいないだろ、デニス(Denis)だよ。

久しぶりだよなあ?俺何回も連絡したんだぜ」



肩で息を吸いエルヴィンの腕から手を離し、リーゼロッテは振り返った。




「あなたとは何の関わりもありません、話しかけないでいただける」




エルヴィンが聴いたこともない冷たい声に対して、男性は「そんなつれないこと言うなよー」と猫なで声を挙げた。



「なんか羽振り良さそうじゃん?俺おこぼれにあずかりたいかなー、なんて」



前を向いてエルヴィンの腕を取ると、リーゼロッテは「行きましょう」と小声で促す。


何だか触ってはいけない類の事情のようなので、エルヴィンは応じて歩き出したが、「ちょっとちょっと、待てよ」と男性に行く手を阻まれた。



「ねえ、旦那、ロッテのいい人だろ?ちょーっとさ、ちょーっとでいいんだよ、都合してくんないかなあ?」



へらへらと笑う軽薄な表情に嫌悪を覚えてエルヴィンは眉根を寄せたが、彼が言葉を発する前にリーゼロッテが行動した。


片手に持っていた小ぶりのハンドバッグ(handtasche)を両手に持ち替え、男性に何度も打ち付けるようにして殴りかかる。


これにはエルヴィンも当の男性も驚いて咄嗟に反応できず、何発かを身に受けてから男性は「何すんだよ!」と抗議した。




「消えて!消えて!あなたなんか知らない!」




殴り続けようとするリーゼロッテをエルヴィンが制すると、彼女は両目に涙を溜めながらもバッグを下ろそうとしない。


男性は舌打ちして「わあかった、わかったよ、消えますよ、さいなら」と通りを反対車線へと渡って行った。




肩で息をするリーゼロッテになんと声を掛けてよいかわからず、戸惑いつつエルヴィンは立ち呆けた。


リーゼロッテは泣かないようにするためか上を向き、涙を抑えようとしている。



落ち着いた頃に「ごめんなさい」と彼女は呟いた。



「いや」


エルヴィンは言葉少なに気にしていないことを伝えたが、一瞬考えてから「いろいろ事情があるのだろうから」と付け足した。



リーゼロッテは引き結んだ唇を解いて、「あんな男ばっかよ」と呟いた。




「近付いてくるのはくだらない男ばっかり。

もうあんな奴らに泣くのはやめたの。

後悔するようなことはもうしない。

ちゃんとわたしを大事にしてくれる人を探すって」




リーゼロッテはエルヴィンを見た。

潤んだ瞳が綺麗でエルヴィンはどきりとした。




「あなたは、違うでしょう。

わたしのこと、顔で選んだりしなかった。

都合のいい装飾品みたいにわたしを扱わない。

そんな人が良かったの。

だからあなたがいいの」




何も考えられなくなってしまって、エルヴィンは息を詰めた。


リーゼロッテは振り切るように微笑むと、エルヴィンの腕に手を掛けた。




「行きましょう、デートの続きよ。

今日はめいっぱい楽しむ日なんだから」



「いねむりひめとおにいさま」シリーズの設定資料とSS集を作りました。

もしよろしければつっこみください。


ちょっといねむり-Ein kleines Nickerchen-


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アンケートは終了しました。ありがとうございました!!!


結果は第二部「居眠り姫と王女様・1」の後書きです。



スピンオフ作品


わたしの素敵な王子様。[短編]


君の愛は美しかった[連載]



いただいたショートストーリー


●ルーシィさんの異世界単訪●本日の単訪先は!!『いねむりひめとおにいさま【プロット版】』だにゃ♪ 提供:アホなゴブリン('ω')

いただいたインスパイア作品


童話【居眠り姫と王子様】 作者:もふもふもん

i394257

バナーをクリックすると設定資料集に飛びます。

バナー提供:秋の桜子さま ありがとうございます! script?guid=on
― 新着の感想 ―
[良い点] めーっちゃおもしろかったー!!!! まじかよ、デート!きゅんきゅんさせやがって!!! ロッテちゃんかわいすぎだろ! くっそーエルヴィンめ! 私もこんなきゅんきゅんデートしたい人生だった!
[一言] 更新お疲れ様です!! 確かに今まで『今回こそが100話か!?』みたいな部分があったので、今回のは画期的というか到達した喜びが感じられるようでした! それだけに、確かにサブタイはこれからど…
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