邂逅と後悔・14
本日で『いねむりひめとおにいさま』一周年です!
読みに来てくださっているみなさま、ありがとうございます!!!
ほう、とルドヴィカは大きく息を吐く。
余所行きのドレスを着たのは、『いねむりひめ』の出版に関する相談をするためにダ・コスタ商会へと赴いた時以来、実に2週間ぶりで、しかも仕立て上がりの真新しいドレスとなればおそらく半年振りくらいだった。
それほど物欲が無いため今ある物で満足しているルドヴィカだが、綺麗なドレスが嫌いなわけではない。
袖を通したドレスが自分の採寸に整えられてあることも、それが初めて見たときよりもさらに美しい仕上がりになっていることも心を浮き立たせ、大きな姿見の前でルドヴィカは何度もくるくると回った。
「すごいわ、アデーレ!あなた天才ね!」
先程から同じ言葉を繰り返す主に、衣装部屋担当アデーレは何度でも「恐縮です」と頭を垂れた。
ひとしきりくるくると回った後、ルドヴィカは突如留まって呟いた。
「……着ていく場所がない……それが問題だわ……!」
一家総出で社交を控えている現状、この素敵なドレスを見せびらかす機会がない。
王宮へ行くときに、とも一瞬考えたが、王女殿下の話し相手を務めるのであって社交行事に赴くわけではない。
となれば、ルドヴィカの語彙を「すてき」に固定するこのドレスはどこでお披露目が可能だろうか。
「お嬢様、殿上するようになれば、王女殿下の茶会に招かれることもございましょう。
その折にお召しになれば、きっと場が華やぐことと思います」
「まあ、そうねラーラ。
とてもすてき、これで茶会に参加ですって!すてき!」
「恐縮です」
アデーレはさらに深く頭を垂れた。
「ではその時のために予行練習です。
そうですわね、ダ・コスタ商会のイグナーツ会頭とビンデバルト様をお招きしましょう。
ユーリア様もご一緒だとなお良いですわ!そして茶会を行いましょう。
ドレスをお見せできて一石二鳥ですわ!わたくしお手紙を書きます。
……ザシャ!ザシャ!お手紙を届けてちょうだい!今から書くから!」
声を上げつついそいそと衣装部屋を出ていく主の姿に、ラーラとアデーレは顔を見合わせて微笑んだ。
****
「イェルク、イェルク、きてくれ」
地域のちびっこのひとり、ベンヤミンが脇道から転がり出てきて警ら中のイェルクの袖を引いた。
「なに、どうしたの」
「いいからこっちきて」
手を引かれるままについていく。
袋小路に着くと、たくさんのちびっこが木箱を覗いている光景があった。
なにこれ嫌な予感。
ぴーぴーと何かの鳴き声が聞こえる。
「あー、俺用事思い出したわー」
「イェルク、おまえをおとことみこんでたのみがある」
ベンヤミンが一体どこで覚えてきたんだ、と思うような言葉でイェルクを引き留める。
男と見込まれ頼まれて引き下がれるわけがない。
「こいつらをみてくれ」
イェルクを引っ張って木箱まで連れていき、ベンヤミンはその中を指し示した。
……生まれたばかりの猫が4匹ぴーぴー言っていた。
「……うん、かわいいなっ!」
「――こいつらのははおやはしんだ」
ベンヤミンは深刻な口調で語りに入った。
「ここいらじゃゆうめいなねこだった。
おれたちはけいいをはらってフューラーとよんでいた。
だがこどもをうんだあと、ごはんをさがしていたときにばしゃにひかれてしまった。
そうぜつなさいごだったともくげきしたフィリップがいっている」
箱の側にしゃがんでいたフィリップ少年が深刻な表情で頷く。
隣でしゃがんでいるヨーナス少年がえぐえぐと泣き出した。
イェルクは小路の隅に「ふゆーらーのおはか」と書いた木札があるのを目視してしまった。
「こいつらはうまれてすぐにははをなくしてしまったあわれなやつらだ。
おれたちもいえでかえないかそれぞれかあちゃんにおねがいした。
だが、だれもせっとくできなかったんだ……」
あ、やばい、これやばい、すぐ逃げなきゃやばい。
「イェルク、おれたちからのおねがいだ。
おまえならきっとなんとかできると、『かぜのいきどまり』いちどうのけつろんだ。
――どうか、こいつらのことをたのむ。
おまえしかたのめるひとはいないんだ」
『かぜのいきどまり』チームの少年たちの必死な期待の目に晒され、イェルクは頬を引きつらせて「ははは」と笑った。
****
「おかえりなさいませお父様!」
余所行きのドレスのままでルドヴィカは夕時に家族を迎えた。
「どうしたんだい、ルイーゼ?今日は観劇にでも行っていたのかい?」
「違うわ、『通信販売』です!『通信販売』のドレスを、アデーレが仕立て直してくれたのです!」
「それはすごいね、たしかそれほど値は張らないものだったよね。
とても素敵な、まるで王宮舞踏会に向かうかのようなドレスに仕上がったじゃないか」
「そうなんですの!すごいでしょう!それでね、お父様、わたくし茶会を開こうと思いますの」
「それはいい、きっと楽しめるだろう」
「ええ、もうご招待する方も決めていますのよ!もしお兄様が夜勤でしたら、お兄様もと思ったのですが……」
「まだ帰ってないのかい?少し遅いね」
****
「……ツェーザル……すまん……」
イェルクと厩番のツェーザルは屋敷の裏で木箱を囲んでしゃがんでいた。
「いえ……まだ乳を与えている母猫もいますし、おそらく問題ありません」
「なんか必要なものあったら言って。
てゆーか、他の猫のエサ代とかどうなってんの?ふつーに申請しなよ?」
「いえ……わたしは自分で好きでやってることですから……」
「いやいやいや、僕が連れてきた子猫もお願いするわけだし。
リーナスに言っておくわ。
……でも内緒な」
「はい……が、ひとつ問題が」
深刻な様子でツェーザルが言うので、イェルクは背を糺した。
「なに?」
「内緒にするとなると……名付けをどうすれば良いでしょうか」
その場に沈黙が落ちた。




