邂逅と後悔・13
「無罪ですわ!!!」
ルドヴィカは判決を言い渡した。
「もちろん、元々が素敵なドレスでした。
けれど、アデーレが施した工夫は工夫の域を超えてもう芸術ですもの。
ビンデバルト様には、もう芸術作品へと昇華させました、とお伝えしてお断りしましょう」
「ありがとうございます!」
やってて良かった衣装部屋担当……!とアデーレは思った。
「ところで……」
不自然に視線を反らして挙動不審気味にルドヴィカは言った。
「このドレスはこれで完成なのかしら?実際の着用感が知りたければ、わたくし、着てみてもよろしくてよ?」
着てみたいだけだった。
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エドゥアルトはリヒャルトを自らの寄り子として受け入れるに当たって、執務室でひとり、昔のことを考えていた。
まだ従騎士にすらなれていなかった、十代の頃。
彼が小姓として仕えていた寄り親は、今はもういない。
誰も彼もあの頃のことを口にしたがらず、そしてエドゥアルト自身も口にすることはなかった。
それは彼が今「エドゥアルト・キュンツェル」である理由であり、彼がイェルク・フォン・シャファトという伸びやかなあの青年にこだわる原因でもある。
誰だって、忘れたことなんてないくせに。
「マインラート様……」
禁句になってしまった名をエドゥアルトは呟いた。
エドゥアルトは馬鹿げた夢を持っている。
あまりにもずっとそのことばかり考えてきたので、彼の中を流れる血液にまでそれは刻まれているのではないかとすら思えるほど。
公式には彼の寄り親はフィリップ・キュンツェル中将ということになっている。
もちろんその通りで、彼からは大小様々な恩恵を受けて今のエドゥアルトがある。
若くして現在の管理職まで昇りつめたのも、ひとえにキュンツェルの門下であるからだ。
そしてひとひらの同情と悔恨。
あの頃義兄弟だった小姓仲間とすら、このことについて話すことはなかった。
もう、他人だから。
リヒャルトに救いの手を差し伸べたのは、もちろんイェルクの件があったから。
けれどそれ以上にエドゥアルトの血がそうさせたのだろう。
足掻らいようのない現実に、潰されていく若者など見たくない。
どうしても自分を重ねてしまった。
自分がずいぶんと感傷的な人間なのだということを知っている。
窓の外を見た。
従騎士になったばかりのカミルが、先輩騎士に稽古をつけてもらっている。
思えばカミルもエドゥアルトの感傷による救済だったのだ。
父を亡くし、母と子二人で身を寄せ合って暮らしていた少年。
当時はエドゥアルトの腰くらいまでの背丈だった。
小さな手のひらで、懸命に母親を守ろうとしていた小さな騎士。
知らずしらずに、あの頃いただいた手本に沿って行動している。
自分がおかしくて、少しだけ悲しくて、エドゥアルトは笑った。
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エルヴィンは熱弁した。
後にこの時のことを回顧する研究所仲間は、こう言った。
「いやー……あれは……やべーわ」
もちろんこの地上の天使についてである。
彼女の好きな食べ物、ぬいぐるみ、絵本、たかいたかいの仕方。
また平均的就寝時間や睡眠の質、午睡の習慣について述べるあたりは少しだけ医師っぽかった。
黒板はアリーセという幼女についての詳細情報で埋もれていく。
朝帰りしたエルヴィンを捕まえてやっかみがてらとっちめようとしていた研究所員らは、「なんかもうすまんかった」という気持ちになっていた。
「そうだよな……エルヴィンに女なんかできるわけがないよな……」
「そうだよ、これだもん……」
「見合いの美人さんは奇跡か、奇跡なのか」
「そうだろうな、俺も誰かに仲介頼んでみるかな……」
「時代は恋愛結婚かと思っていたが、そうじゃないんだな。
古き良き慣習は良いからこそ残っているんだ。
俺も見合いしよう」
そんな彼らが作ったデートプランは68枚のレポートにまとめられていた。
エルヴィンが落ち着いたら熟読させるつもりだ。
決行日は明日朝、10時である。




