邂逅と後悔・12
出勤したら、上司がいた。
それが普通なのだが、ユリアンは驚いた。
なんか仕事っぽいことをしていたから。
「……朝からどうしたんですかヴィン……」
「別に……」
こちらを見もしないでヴィンツェンツは答える。
最近わりと仕事をするようになったとはいえ、これは異例だった。
「……どうしたんだい、ヴィン?」
少しして出勤してきたトビアスもユリアンと同じように訊ねた。
「別に……」
同じようにヴィンツェンツは答えた。
「……朝食でも出前取りますか?」
「食べた」
「「!?」」
ユリアンとトビアスは即座に後ろを向いて緊急ふたり会議を執り行った。
(何?何?何があったの?)
(わからない……来たらこの状態だった……)
(朝食食べたって……ひとりで食堂行ったってこと?!)
(だろうね……夜よりも人が居るのに……ひとりで……)
(すごいよ!これはすごいことだよ!ヴィンが自立した!ヴィンが自立したよ!!!)
(そういうことになるな……)
(どうしよう、ここはどう反応するのがいい?)
(ひとまずいつも通りで、様子を見よう)
(記念のケーキを頼もうか?)
(それは考えた、家に連絡して作らせよう)
(ありがとう!ヴィンが自立したから今日は自立記念日だ!!!)
何食わぬ顔でユリアンは「コーヒーでも淹れますか」と言い、トビアスは笑顔で「わたしがやるよー」とサイフォンへと手を伸ばした。
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「ビンデバルト様からお手紙がありました」
やってきた衣装部屋担当のアデーレに、ルドヴィカは告げた。
「それによるとですね、『通信販売』は、ビンデバルト様が統括されているそうなのです。
それでビンデバルト様の雑誌に載っていたのですって。
それでね、『通信販売』の顧客であるわたくしに、ぜひ購入したドレスを宣伝してほしいのですって。
その打ち合わせができますか、って」
アデーレとラーラはえっと顔を見合わせた。
「……お嬢様、大変申し訳ないのですが……」
とても言いづらそうにアデーレは切り出した。
「実は、ドレスにもう手を加えてしまっていまして……」
「ええ、そう思ってアデーレに託したのです、そうだと思っていました。
どんな様子かしら、今、見せていただける?」
「はい、よろしければぜひ。
ご意見も伺いたかったのです」
3人で共にルドヴィカの衣装部屋へと移動する。
保護のための覆い布をアデーレが取り去ると、ルドヴィカは目を見開いて絶句した。
「すてきいいいいいいい!!!」
御令嬢らしからぬ大きな声が響き渡る。
アデーレはぐっと拳を握った。
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リヒャルトは、これまでお世話になった王宮騎士団第三師団独身寮を、退寮することに決めた。
身柄は、もうすでに第二師団の所属になっている。
昨日の今日で、まだフェルディナントに知らせていない。
連絡できなかった。
一昨日まで自分の寄り親だった、その人に。
誰よりも早くそうするべきなのはわかっていた。
けれど悲しくて、挨拶をしたらそれですべて終わりな気がして、リヒャルトは身動きが取れなかった。
イェルクに縋ってまで得ようとした立場なのに。
いざ失うものがあるとわかると心が怖じ気ついた。
新しい寄り親のエドゥアルトからは、3日間の準備期間をもらった。
どこへなりと身一つで向かう覚悟を持つ騎士になるのになんの準備が必要なのか。
リヒャルトにとっては言うまでもなく心の準備だ。
母へ手紙を書いた。
騎士に任じられることが確定したこと。
寄り親が変わったこと。
難しい状況を承知の上で、王都で一緒に住むのはどうか、と提案を受けたこと。
どれもこれも実感が伴わなくて、けれど実際のこととして、まるで違う世界の自分のことのように感じながらリヒャルトは封をした。
――この手紙の返事が来る頃には、木々の葉は落ちているだろうか。
自分の部屋ではなくなる部屋の窓から外を見て、リヒャルトはふとそう思った。
そして当たり前だったこの景色が当たり前ではなくなることを思って、少しだけ泣いた。
こんなに幸せなことはないのに、とわかってはいても。
過ぎ去った日に、今よりも幼い自分の手を取ってくれた、あの時のフェルディナントの顔が脳裏から離れなかった。




