年齢不詳
なんか、小柄な勇者様のようです。
「やめた方がいいと思うよ。その子、あんたより強いよ」
と、入り口付近から声がした。
だが、ちょうど男の影に入って見えない。
どうやらそこそこ小柄な人のようだ。
「あぁ?何だお前は。」
私より先に、怪訝そうに声を発したのは男だった。
そりゃまぁ、私にはありきたりなシュチュエーションでも、異世界ではそうじゃ無いんだろうな、多分。
漫画やゲームだとお馴染みの、ピンチになったらイケメンが現れて助けてくれるやつね。
この流れだと、かなりの確率で、ヤツである。
「俺?俺は、勇者って呼ばれてるけど。ちゃんと名前もあるよ。クロハってゆーの。よろしくー。」
勇者だろうなと思っていたのは当たったが、
なんか思ってたのと違うんですけど。
この、「言う」、を「ゆー」って言っちゃう感じとか、ちょっと違和感で、イーッてなるヤツな。
もうちょい勇者って、イケメンで爽やかな感じちゃいますの?
「はっ!勇者?こんなチビがか?威勢張るのも大概にしろよ。」
そう言って、男は勇者を名乗る奴の方に体ごと向き直る。
私はその隙に離れようと思ったが、手を離す気はないらしく捕まったままである。
「いや、まぁ、別に信じてくれなくても良いけどさ、多分あんたより長く生きてるから、口の聞き方は、もう少し何とかして欲しいとこだけどね。頭悪そうだから、口の利き方を知らないだけかもしれないけど。」
「うるせぇ!文句あるならかかって来いや!」
クロハと名乗る勇者が煽り、あっさりと男は乗る。
やれやれ。喧嘩するなら他所でやってくれ。私は忙しいんだ。
てか、かーちゃん、ここまでややこしくなってても助けるつもりないのね。
ホント、雑な母である。
いざとなったら助けてくれるかなーと思っていたが、よく考えたら、母は私が初めてをこの男に奪われても痛くも痒くも無いどころか、任務遂行したと、自信満々に語りそうなタイプである。
うーん。それは困る。
因みに、私の苦悩とは関係なく、なんか男2人は勝手に話を進めている。
「いや、俺は人間相手に喧嘩はしたく無いんだけど。そもそも俺は、あんたのために口を挟んだんだけどね。」
「この小娘が、俺より強いってか?舐めんじゃねえ!」
「はいはい。じゃあ良いよ、やってみれば?無理矢理襲ってみれば良いじゃん」
おい、勇者。
煽るなよ。私は、あんたが思うほど強く無いんですけど。確かに異世界から来たけど、キーワードとか、錬金術とかそんなスキルですよ。
双剣どころか、武器も持ってないのに双剣無双ですよ。
「いや、あの、私は、そんなに強く無いので、、、」
やっと、戦えない主張ができたが、時すでに遅し。
男はやる気満々なようで、
「やってやるよ!おい、ねーちゃん、かかって来いや!こう見えて俺は、異世界から来た転移者なんだぜ!甘く見るなよ!」
えええ、そんな転移した人っていっぱいいるの?いきなり絡まれた相手がそうなの??
戦える気がしないんですけど。
今回くらいは、転移ボーナスで、なんとかなるかなーと思ったけど、相手も転移者ならダメじゃん!
「いや、かかっていかないです。やめて下さい。」
「じゃあ、こっちから行くぜ!」
なぜそうなる。
男が少し動いたことにより、初めて勇者の顔が見える。
綺麗なダークブラウンの髪と目。大柄な男と比べると小さくは見えるものの、170センチくらいはあるように見える。少しわんぱくそうなクリッとした瞳、整った顔立ちは、勇者補正がなくても、問題なくイケメンの部類に入るだろう。
私が悲壮感漂う顔で勇者の方を見ると、勇者は、面白そうに口元を持ち上げ、笑っていた。
ああ、こいつ、性格悪い奴や。
「ホント、やめて下さいって。私武器もないし、戦ったことないんで。」
「女子供をいたぶる趣味はないが、俺より強いなら、問題ないよな!」
いや、問題しかねぇよ!
明らかに、女子供をいたぶるのを楽しむ顔で、私に向かって拳を上げた。
私はとっさに、叫ぶ。
「イヤァァアア!!!」
普通の、悲鳴。
ここまで叫べば、カミーナか勇者が助けてくれるだろうと甘く考えていた。
だから、実はそこまでビビってなかったのだ。
しかしながら、どちらも一切動こうとはしなかった。その瞬間、私の背中に寒いものが走る。
実はここまで来て、初めて危害を加えられることに恐怖を覚えたのだ。
私は馬鹿だ。
異世界を舐めていた。
なんとかなるだろうという甘い考えで、流されていたけれど、このまま殴られたら、大怪我をするだろう。
無防備に、武器も持たず。こんな目にあうなら、せめて護身用にナイフくらい持てばよかった。
色々な後悔が頭の中を駆け巡り、自分の愚かさを嘆いたその瞬間、頭に声が響いた。
『条件を満たしました。愚者の威圧を発動します』
『命令に、威圧効果を付与。』
『対象に、命令して下さい』
なんか、世界がスローモーションになっている。
これが走馬灯的な奴?
てか、命令?何だそれ。
でも、この状況を切り抜けられるなら何でも良い!!
私は、半狂乱になって叫んだ。
「やめてぇ!!!」
同時。男の動きがピタッと止まる。
男だけじゃない。
勇者も、かーちゃんも、受付嬢も、表情を強張らせながら、完全に動きを止めていた。
「え、、、?」
振り下ろされた腕の勢いすらどこへ消えたのかわからないほどに。
私自身、何が起きたのか分からず、周りをキョロキョロと見回すことしか出来ない。
「まずい、、、わねぇ、、、」
最初に口を開いたのは、かーちゃんだった。
「早く、、、解除なさい、、、そのダダ漏れの、、、魔力。、、、息を、ゆっくり、、、はいて、おちつい、て。」
かーちゃんの言う通りに、大きく息を吐くと、男はよろめいて尻餅をつき、かーちゃんや受付嬢はホッとした顔でため息をつく。
「威圧系のスキルは、ほとんどが特殊条件つきとはいえ、大体は対象より格上でないと発動しないとされているってのに。私どころか、転移者にも効果の出る威圧をするとなると、あんた、いよいよ、嫁の貰い手ないわよ。」
皮肉っぽく言うかーちゃん。
いや、そんなこと言われても。
そもそも、何なのよこのスキル。
「威圧だけで倒されたんじゃあ、何にも参考にならないや。魔王の戦い方見ようとして、失敗したなー。」
あっけらかんと言っているのは、勇者。
ちなみに、私を殴ろうとした男は、気を失って泡を吹きながら倒れている。
「勝手なことばかり言わないでよー、、、。ホント、怖かったんだからね。」
「大丈夫!こう見えても、高位の神官だから!死んでなければ何とでもなる!」
、、、これだからファンタジーの世界は。
怪我や痛みに対しての危機感が薄すぎる。
「勘弁してよ。大怪我してもスッキリ治る!とかそう言うのは漫画の中だけで十分です。」
「ま、痛みはあるからねー。」
安堵とともに、かーちゃんと喋り始めると、
「漫画?ああ、今度の魔王は、転移者なんだ?」
勇者も、なぜかそこにいる。
「それが何か?」
ちょっと苦手なタイプ。
軽くてチャラい、と言うか、幼い?
「俺も俺も。転移の加減で、多少見た目の年齢と合わないけど、俺は加藤黒羽、36歳でーす。」
げ。これで私より上?
「こっちに来たのは高校生の頃。その後、25歳くらいで魔王を倒して英雄扱いだけど、若気の至りってやつ?威張るのは好きじゃないから、その後ものんびり冒険者やってまーす。」
悪い人ではなさそうだけど、私的には、あまり関わり合いにはなりたくないタイプである。
「で?君は魔王な訳でしょ?流石に今は倒すとかじゃないけど。ま、よろしくね。」
「はぁ、どうも。」
「何で魔王ってわかるかって?不思議そうな顔だよねー。魔王の匂いと気配みたいなものがあるんだよ。勇者にだけ嗅ぎ分けられる。だから、気をつけたほうがいいよ。魔王の首は、力の証だからね。」
聞いてもないのに、ペラペラと。
面倒なのでさっさと離れようとした時、空気読めない代表のかーちゃんが口を開いた。
「あんた、この子、嫁にする気ない?」
おおおおい!!!
いきなりどストレート。
呆然とする私をよそに、カミーナは、嬉々として言う。
「魔王とはいえ、家事もちゃんと仕込んであるし、何と生娘です。お買い得ですよ。」
かーちゃん、、、後で覚悟しとけよ、、、。
どうせ私は、30年以上男性との付き合いもなくて、負け組ですとも。
何なんだよ。
異世界人と知ってからと言うもの、この手の辱めばっかじゃないか!
「まさか、この歳で、異世界人のくせに、しょ、、、」
「黙れぇぇええ!!」
恥ずかしさに任せて、叫ぶと、さっきと同じく、魔力がブワッと広がる。
一瞬、言葉に詰まる勇者。
が、同時に肌に感じるほどのピリッとした空気を感じると、クロハはフーッと息を吐いて続けた。
「それ、威圧ね。条件は知らないけど、相手に強烈なプレッシャーを与えて従えるスキル。因みに、覇気をぶつけると相殺できる。ある程度の力を持った人なら、みんな覇気は使えるから、そこまで優秀なスキルではないよ。覇気と似たような感じだけど、そっちは命令に強制的に従わせることができる分、多少便利。威圧も覇気も、弱い相手にぶつけ続けると、殺すこともできるんだけど。」
そう言って男を見る。
白目をむいてピクピクしているが、誰も動かないところを見ると死にはしないのかな?
「彼は、やめろって言う威圧に負けて、一瞬全てを強制的に止めさせられた。生命活動に必要な呼吸や鼓動までね。流石に一瞬だったから死なないけど。」
さすがは魔王だね。なんて言って笑う。
「俺も、さっきは突然すぎて相殺を忘れちゃったからさー。余波とはいえ、かなりびっくりしたよー。」
こいつこそ、死んで欲しかった気もするが。
「流石に、ここ迄の威圧を使える嫁は怖いなぁ。出会ってすぐだし。て言うか、勇者が魔王と結婚するのもどうなんだい?って部分があるから、とりあえずはお友達からお願いしまーす。ところで、お名前は?」
「、、、マリです。」
「はーい、マリちゃん。よろしくね。」
ケラケラ笑いながら、私の頭をポンポンと撫でると、そのまま外へと出て行った。
「くっ、、、有力候補が、、、」
「かーちゃん。頭カチ割るぞ。」
そんなこんなで、勇者の嫁にはならないようです。
なかなか、簡単には婿が見つからないようです。
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