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「少しは骨のある者だといいのだがな」
「魔王に復讐を誓って来た者たちだ。士気は高いぞ」
魔王の娘は玉座から下りて王の間の隅に移動する。巻き込まれる気はさらさらないようだった。
「それは楽しみだ」
代わりに魔王が玉座の前に進み出る。
そのまま座るのではなく、クライスたちを振り返って、仁王立ちになり手を広げた。
「よく来た勇者たちよ。我こそ世界の王にして、最強の戦士。我と刃を交えられることを光栄に思え。さあ、我を楽しませてみよ!」
クライスは感じていた。手にした剣が、魔王の娘に渡す前よりも力にあふれていることを。
この剣なら ―― もしかして!
クライスの内で復讐の炎が燃え上がる。この男のせいで、我が故郷が、たくさんの人々の命が……っ!
他の四人も、それぞれに得物を構えていた。しかしその四人に、クライスは目配せをする。
『俺が行く』と。
「行くぞ、魔王っ!」
剣を構えて、床を蹴る ――「貴様の悪行も今日までだ!」
これから熾烈な戦いが始まる。全身全霊をかけた戦いだ。しかし命を賭そうとも、負けるわけにはいかない、この剣を信じて俺はやる……っ!!
故郷を、そして理不尽に襲われている他の世界を救うために!
魔王は ――
微動だにせず、仁王立ちをして自信あふれた表情のまま、クライスの剣をその身に受けた。
剣はまともに魔王の心の臓辺りを刺し、背中の向こうまで貫通する。
「へ?」
クライスはあんぐり口を開けた。たぶん後ろで、四人の仲間たちも似たような顔をしていただろう ――
「ぅぐ……がはぁっ!!」
魔王は大量の血を吐いてその場にくずれ落ちた。
………………
動かない。
クライスがおそるおそる体に触れてみると、息もしていない。
完全に……生きている気配がない。
「え、ちょ……死んだ!?」
仲間たちが周りに群がってくる。各々に魔王の体を調べ、生の息吹がないことを確認する。
やがて隅に避難していた魔王の娘がのんびりとやってくると、五人の後ろから魔王の体を覗き込み、言った。
「ここまで想像通りの展開だと、逆に拍子抜けだな」
「ちょ、どういうことだ?」
「実は魔王は先日、不死身になる儀式を成功させてな」
億劫そうに肩をすくめながら、魔王の娘は説明する。
「それ以降、最初の一太刀をわざと受け、瞬く間に塞がる傷と死なない身体を相手に見せつけて楽しんでいたんだ」
「しゅ……趣味悪っ!」
「だって魔王だぞ? そこで、その術が発動しないようにお前の剣に細工をしたわけだ」
まあ、うまく行って僥倖だったなと魔王の娘は軽く言う。
もしや失敗する可能性もあったのか。今さらながらクライスはうすら寒い思いをした。
「ほ、本当に、死んだんだな?」
「いや。まだだ」
「えー、まだなの? じゃあこの体爆薬で吹っ飛ばしちゃう?」
ナットの口をシャダがてのひらで塞いでいる間に、まるで気にしていない魔王の娘が話を続ける。
「不死身の儀式というのは、心臓を身体から切り離し、別の場所に保管するというもの。心臓が生きている限り身体も死なない。今は一時的に、傷が治らないようにしただけだ」
ノルが眼鏡を押し上げた。
「それでは、その心臓を殺せば」
「……そういうことだ」
***
「なんか、不死身の儀式なんてすごそうなのやったわりに、簡単に封じられちゃうんだな」
「どんなに強力な儀式だろうと呪いだろうと、無効化する術は必ずある。どのような儀式を行ったかを知っていたから、それを探すのも簡単だったというだけさ ―― さあ心臓を殺しに行くぞ。魔王を連れてこい」
魔王の心臓の保管場所へ、魔王の娘はちゃんと案内してくれるようだった。
総身からあふれる面倒くさそうな雰囲気のわりに、彼女は親切だ。
……血をだらだら流す魔王の体はクライスとエリスが運ぶはめになったのだが。
「なんで魔王を運ばなきゃいけないんだ……?」
「心臓のある部屋は魔王しか入れん。死体でもなんでも、魔王の姿を扉に認識させる必要がある」
「さっきナットの爆弾を空中移動させてたじゃないか。それで魔王の体くらい動かせるだろ?」
「嫌だ面倒くさい」
とりつく島もなかった。
クライスは、かったるそうにしながらも冷静さを失わない魔王の娘をしみじみと見つめる。
「……なあ。やっぱりお前一人でも勝てたんじゃないか?」
「何を言っている、お前らだから成功したんだ。奴が不死身だと知っている私が立ち向かえば、いくら馬鹿なクソ魔王でも何か策があると気づく」
「……そうか」
「ああ。……着いたぞ」
王の間のものほどではないが、大きな扉が目の前にあった。
魔王の娘の指示で、魔王の体を立たせる格好にすると、扉はひとりでに開いた。
魔王の体を抱えたまま、五人は娘の後ろに従う。
広い部屋の中央に、透明なケースが置かれている。そしてその中の台座に ――
不気味に赤黒い臓器が、どくどくと脈打ちながら鎮座していた。
「これが……」
クラウスたちは緊張で手に汗を握った。この心臓さえつぶせれば、すべてが終わる。
しかしケースが邪魔だ。いったいどうすれば。
「爆破だ爆破だ! ボクの出番だ!」
騒ぐナットをシャダが杖で黙らしている間に、魔王の娘は ――
拳で透明ケースを殴りつけた。
バキィとケースが破壊される。小さな拳にとんでもない威力があった。クライスたちが震え上がっている間に、娘は台座から父親の心臓を持ち上げ地面に叩きつけ、踏みつけた。
「っ……!!」
クライスとエリスの腕の中で、魔王の体が一瞬跳ねた。
しばし痙攣が続いたかと思うと……やがてしんと静かになる。
「さて、終わったぞ。……ああ、せいせいした」
クライスたちを振り返り、魔王の娘はそう言った。
あくまで面倒くさそうに、最後にあくびをしながら。
***
「なんか、対魔王戦に備えていろいろと準備してきたことが、全部無駄になった気がする……」
「魔術の勉強なんか必要ありませんでしたねぇ~」
「爆破! 爆破させてよ! せめてお城を!」
「やめてくれ私の住む場所がなくなる。……だったら私に協力しろなどと言わなければ良かったんだ」
魔王の娘はどこか寂しそうに言う。その顔を見て、クライスは気づく。ひょっとしたらこの子は、協力できたことを少しだけ喜んでいるのかもしれないと。
そう思ったら笑顔がこぼれた。クライスは両手を広げた。
「まあ、みんなが無事に帰れるんだ。良かったじゃないか」
「そうですよ、それが一番です」
シャダが拍手をした。今日はシャダの治癒術を受ける人間が誰もいなかった。その点でも本当に良かった。
クライスは魔王の娘に顔を向ける。
「お前は、これからどうするんだ?」
「さあな。第二の魔王になる気はさらさら無いのは確かだが……」
魔王の娘は面倒くさそうに長い銀髪を後ろに払い、
「ま、ゆっくり考えるさ。あぁそれと、魔王の部下は魔王なしで別世界に行く力は無いから安心しろ」
「そうか。じゃあ……」
右手を差し出す。魔王の娘はその手を見て、訝しげな顔をした。
「なんだ?」
「握手だ。知らないのか?」
クライスは何だかおかしくなった。そうか、魔族にこの習慣はないのか。
それなら、なおさら。
「感謝の気持ちを伝える挨拶だ。手を出せ」
半ば強引に娘の手を取り、ぎゅっと握りしめる。
娘がどこか頬を赤くしている気がした。悪くない表情だ。
「本当にありがとう。お前名前は?」
「名前? 何故だ」
「帰ったら、お前のこともみんなに聞かせてやらなきゃならないからな」
「やめておけ。こんな格好悪い魔王の倒し方をした、なんて歴史に記録されてみろ。恥ずかしいだろう」
「う……そ、それは……そうだが」
「激闘の末に魔王を倒した、と言っておけばいい。歴史なんぞそんなものだ」
「そうか?」
「勝者が歴史をつくるんだ。そこに嘘がないと何故言える」
魔王の娘は唇の端に笑みを刻む。それは世の理を達観しながらも、どこか愉快そうな顔だった。
「そうは言ってもなぁ」
「まあまあ。そこらへんは、帰りながら考えましょうよぅ。激闘の末の割には僕らほとんど無傷ですし、うまく説明しませんと~」
「おや、そんなものは全部私の治癒術で治したことにすればよろしい」
「……それは別の意味で悶絶の歴史として残るな、間違いなく」
「結局自力で何も爆破できなかったよーう!」
各々好き勝手なことを言う勇者パーティ。魔王の娘はしみじみと、「お前らヘンなやつらだな」とつぶやく。
そのとき、ふと思いついたクライスは嘆くナットに何かを耳打ちした。
ナットの顔が輝いた。「任せてっ!」言うなり魔王城から飛び出していく。外で盛大な爆発音が鳴った。おそらくそこら辺の魔物をナットが爆破した音だ。
クライスは魔王の娘に尋ねる。
「なあ、窓とかないか? この城の前庭辺りを見渡せる窓」
「窓? ……あっちにあるが」
魔王の娘の案内で廊下を渡り、城の前部にあるバルコニーに出る。
この世界はいまだ夜だ。月も星もない世界。
ナットが下で何かをしているのが見えた。そして ――
「いっくよー!」
ナットの手元で火花が散った。次いで、赤い光線が空に向かって飛び立った。
ひゅるるるるる……ドーン
「……!? 何だこれは……!?」
魔王の娘があまりの轟音に耳をふさぐ。そんな彼女に、クライスは夜空を見るように指で促す。
空に ―― 光の華が咲いていた。
ナットはまるで熱に浮かされたように花火を上げ続ける。赤い光線が何本も空へ伸び、次々と華を咲かせる。
呆然とそれを見上げる魔王の娘に、クライスは耳元で囁いた。
「君が守ってくれたものはさ、つまりこういう世界なんだ」
魔王の娘は難しい顔で眉宇をひそめる。
そして……やがて、苦笑するように少しだけ、笑った。
ナットも戦いの場に大量の花火を持ってきたわけではない(そもそもなぜ持ってきていたのか自体不明なのだが)。美しい華の時間はあっという間に終わり ――
勇者たちの、帰還の時間がやってくる。
次元転移装置の元まで、魔王の娘はついてきた。そして、
「……まあ、私も退屈しないで済んだ。感謝、しておくとしよう」
達者でな、と彼女は言った。
クライスたちは笑顔で、彼女に手を振った。
「ああ。お前も」
***
―― 魔王の脅威は去った。これにより、皇国はもちろん他の世界も一様に救われることになる。
世界に、元通りの平和がおとずれた。
魔王の娘がその後どうなったかは誰も知らない。
だが ―― クライスは思う。あの大きな城の中で、いつも面倒くさそうにしながらも ――
彼女ならきっと残った魔物たちを配下に、『退屈しない』生き方をしているに違いない、と……。
<完>