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 銀髪の娘は ―― 心底面倒くさそうに、顔をしかめた。


「よりによって、次元を跳ぶ術と外の魔物を蹴散らすだけの力量を持った奴らを襲うとは……。つくづく迷惑な野郎だな、まったく」


 ぶつぶつとつぶやく言葉は独り言のように。

 実際、クライスたちには意味の分からない内容だ。


「おい、いったい何の話だ。お前本当に何者だ?」


 業を煮やしてクライスが再度問うと、銀髪の娘の気怠そうな赤い双眸が彼らを向いた。


「……正直に言おう。私は魔王代理で、魔王の娘だ」

「 ―――― 」


 一瞬、クライスたちの思考がフリーズした。「む、」


 娘ぇぇぇ!?


「魔王って既婚者だったんだ!? 爆破のしがいがあるね!」

「つっこむとこそこ!? ていうかさりげなくお前のほうが危険人物サイコパス! 分かってたけど」

「今魔王は不在だ。その間、ここに辿り着いた者は私が相手をするようにとの命を受けている」


 クライスたちのバカ騒ぎは完全に無視し、魔王の娘は淡々とそう説明する。


「どうする? 魔王の代わりに、私の首を持って帰れば満足か」

「そ……!」


 クライスは激昂した。


「そんなわけないだろう! 俺たちは大切なものを奪ったあいつへの復讐と、これ以上の犠牲を出さないために魔王を討つと誓ってここに来たんだ!」

「大した正義感だな。しかし一足遅かった。魔王は今まさにその犠牲とやらを増やしているところだ」

「なっ……!?」

「今ごろ、どこぞの世界でお前らが経験したようなことをやらかしてるはずだ」


 語られた内容は、クライスたちの背筋を凍りつかせた。ばかな……被害に遭っているのは自分たちの世界だけだとばかり!


「くっ……、奴はどこだ!?」

「いちいち叫ばなくても聞こえる」


 玉座の娘はうるさそうに手を払い、


「居場所は私にもわからんよ。……ったく、もう少しのタイミングでお前らと会わせてやれたのに。あのクソ魔王、間の悪さも一級品か……」


 気怠げな声に毒が含まれる。

 それを聞いたクライスたちは、驚いて思わず口を挟んだ。


「お前、魔王のこと嫌いなのか?」


 すると魔王の娘はその赤い双眸に嫌悪感をにじませた。

 次に開いた口から出る言葉は、まるで噴射する炎のようで。


「昔からどうしようもない戦闘狂で、目についた強者に戦いを挑む日々。妻を娶った後も娘の私が生まれてからも何も変わらず、母に苦労をかけ続け、母が心労で倒れても遠くの地で敵を求めることを優先し帰って来ず、そのうちに奴の力に魅入られた連中を部下として組織を作り、気付けば世界の支配者になっていた。城を築き魔王と名乗り、住人達に重い税を課し、不満を募らせ暴動を起こした者たちを喜んで鎮圧に出向き、勇ましく城に乗り込んで来た者は部下に相手をさせ、ここまで辿り着いた強者は傷と体力を回復させたうえで戦う」


 矢継ぎ早に放たれるとげのある言葉の数々に、クライスたちは呆気にとられるしかない。


「そして、この世界に自分を満足させるだけの力を持つ者はいないと気付いた魔王は、外の世界に目を付けたわけだ」

「そんな……」


 クライスは剣を握る手に力をこめた。

 じっとりとてのひらに汗をかいていた。嫌な汗だ。


「そんなバカみたいな理由で、俺たちの世界を襲ったのか……。強い奴と戦いたいなんて、それだけのために」

「奴は間違いなく馬鹿だよ。ただ悔しいことに私は奴の血も、力も受け継いでしまった。そのせいで苦労はしたが、そのおかげで今は楽に暮らせているのも事実だ」

「楽……?」

「例えば、こんな風に」


 魔王の娘は肘掛けに頬杖をつきながら、もう片方の手ですいと空間をなぞる。

 とたんに、「ひゃあっ!?」と悲鳴が上がった。


「返して! ボクの大切な爆弾返してよ!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねるナットの頭上に、彼女が手にしていたはずの爆薬がふよふよ浮かんでいる。

 魔王の娘の指先がぴんと弾くように動く。

 すると宙に浮いていた爆薬が飛び去り、魔王の間の壁に激突して爆発を起こした。


「ふん……けっこうな威力のものを持ってきたな。まあ私に通用することはあるまい」

「お、お前……」

「よくもボクの爆弾をー! こうなったら必殺☆レインボーダイナマイトをお見舞いするぞっ!」

「馬鹿ナット。あなたのそれはただの花火でしょうが……こんな狭い場所で使わないでください危ない」


 杖の先端でナットの背中を突き刺すシャダ。ぐえ、と変な声を出して止まるナット。


「ハナビか。何のことかよく分からんが、こんな状況でなければ見てやってもいいんだがな」


 ふん、と魔王の娘は鼻を鳴らす。心底嫌そうな顔だった。

 おかしいですねぇ、とノルが眼鏡を押し上げた。


「あなたは、なんでそんな魔王に従って代理なんかやっているんです? そんなに力があって、そんなに嫌っているのに」

「私も、命は惜しいからな」

「命……? って」

「奴は強い敵との戦いが何よりも大事なのさ。その敵が実の娘だとしてもな」


 彼女は細腕にしか見えない両手を見下ろし、自嘲気味に笑う。


「私の力はこの世界の住人たちよりも強いことは確かだが、魔王より上だとは思えん。もし勝つ見込みがあるとしても、五体満足ではいられんだろう」

「……」

「そんな危険を冒すより、ここでお前らのような奴を相手にするほうがマシだ。面倒だがな」


 顔を上げ、手で目の前のクライスたちを払うようなしぐさをし、


「魔王に敵だと見なされない限り、奴は私に興味を示さんからな」


 くっく、と喉の奥で笑う。それは明らかに、クライスたちにではなく自分自身に向けた嘲笑だった。

 クライスは四人の仲間と顔を見合わせる。これは……


「ねえねえっ」


 先ほど爆弾を破壊された怒りはどこへ行ったのか ――

 一番考えなしで、同時に一番決断力のあるナットが、ぴょんぴょん飛び跳ねながら手を上げた。


「いーこと考えた! 君も魔王を倒すのに、協力しない!?」

「……は?」


 魔王の娘はぽかんと口を開けた。そりゃそうだ、クライスたちにだって想定外の言葉だ。

 だが……

 今回に限っては、ナットの先走りとは言えなかった。

 クライスはすかさず言を継いだ。


「お前も魔王のこと良く思ってないんだろう? だったら俺たちに、力を貸してくれないか」


 シャダが杖を胸に抱え、痛ましそうに付け加える。


「……もちろん、魔王の娘殿にとっては実のお父上。無理にとは言えませんが」

「お前たち、阿呆なのか?」


 魔王の娘は即座に斬って捨てた。


「ちゃんと話を聞いていたのか。魔王に歯向かう気はないと言っただろう。それに奴は今 ―― 」


 何かを言いかけてふと言葉を止め、


「いや、むしろ今なら……」


 腕を組み、何かをつぶやく。

 そして急に顔を上げ、口を開いた。


「誰か、剣を貸せ。……と言っても、剣を持っているのは一人きりか。お前、剣を貸せ」

「な、何をする気だ?」


 クライスは思わず剣を引いた。魔王の娘は傲然とあごをそらし、


「魔王を倒すためのまじないをかけてやる。ただし魔王が現われたら、お前が真っ先に斬りかかることだ。いいな?」


 クライスは逡巡した。一応短剣も持っているが、肝心のメインの剣を『味方になる気はない』らしい魔王の娘に渡していいものか。

 だが ――

 魔王の娘の常に気怠げだった双眸に、違う輝きを見て、クライスは肚を決めた。


「 ―― わかった」


 剣を鞘におさめようとすると、「そのままでいい」と魔王の娘は言う。ためらいがちに抜き身の剣を渡すと、魔王の娘はその刀身にすっと指をすべらせた。

 瞬間、刀身の銀のきらめきがいっそうに増したような気がした。


「これでいい。いいか、一撃で仕留めるつもりでやれ」

「……信じていいんだな? お前のこと」


 剣を返してもらいながら、クライスはうなるような声で言う。


「さあな。自分で判断しろ」


 魔王の娘は素っ気なく言い、それから欠伸をした。


「それで、お前らはどうするんだ。ここで奴が帰るのを待つのか?」

「それは……」


 魔王は今ここにいないという。皇国にいるわけでもないらしい。どうやら城に魔物が少ないのも、皇国と同時に他の場所を攻めているからなのだろう。それを考えると、ここでただ漫然と待つのも恐ろしいことだったが ―― さりとて魔王の行き先も分からない。

 知恵袋のノルに目をやるも、ノルも首を振るだけ。ここから彼らの知らない世界に次元転移する方法などないのだ。

 いったいどうしたらいいのか。


「待てばいーじゃん? いつかは帰ってくるんでしょー?」

「ナット……そんな単純な話じゃないんだよ」

「その間にこのお城爆破して全部なくしちゃおっか! きゃは!」

「きゃは! じゃない!」

 ごん、とシャダの杖の先端がナットの頭を殴打したそのとき ――


 王の間の大扉が、ごごごと大きな音を立てて開いた。


 覚えのある気配。肌が粟立つような、強烈なる存在感。

 クライスたちは全身が総毛立つのを感じた。振り向く ―― 彼らの眼前に、圧倒的な力を内包した “やつ” がいる。

 まぎれもない、探し求めた魔王本人。

 魔王は妙に上機嫌に玉座に座る娘を見、それからクライスたちを見た。


「今帰ったぞ。ん、なんだ? 客か」

「ちょうどいい。たった今、試練をかいくぐった勇者たちが到着したところだ」


 魔王の娘は適当なことを言った。実際は試練など何もしていないのだが。

 しかしそれを信じたらしい、魔王は歓喜の目で両腕を広げた。


「そうかっ。此度の世界でも強者に会えず退屈していたところだ」


 にやりと笑い、その赤い瞳でクライスたちを値踏みするように見る ――

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