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皇国歴2017年……やつらは突如としてやってきた。
『魔王』と名乗る男と、その配下『魔物』の軍勢である。
『魔王』はどこからともなく現われて、皇国を蹂躙していった。皇国は大混乱に陥った。そもそもやつらは何者なのか。今まで皇国では見たことのない存在だったのだ。『魔王』自身こそ人型をしていたが、その背には翼を持ち、配下に至っては人型ではあっても目が五つあるもの、人型でさえないもの……人ではありえない牙を持つものや爪を持つもの、言葉で形容しがたい奇妙な骨格をしているもの……説明し出せばきりがないほど種類が豊富だった。
やつらはどこからやってきた?
皇国の科学者たちは必死になってその研究をしてきた。
そして、ようやくひとつの答にたどりついた ―― やつらは、別の次元からやってきたのだ。
彼らは謎の力を操った。皇国の人間は、それらを『魔力』と呼んだ。武器を用いるでもない不可思議な力 ―― 炎や水や風や、時には爆発を生み出す能力 ―― によって、皇国の人々はなすすべもなく人口を減らしていった。
それを、悔し涙を飲みながら見つめていた青年たち五人 ――
青年クライスとその仲間四人は、皇帝に自ら名乗り出た。『魔王の居城さえ分かれば、我々がきっと魔王を討伐してみせます』と。
皇帝は勇気ある彼らを大いにたたえた。彼らはその日から、『勇者』と呼ばれるようになった。
科学者たちの研究は進む。皇国で暴れ回る魔物たちを倒しながら、勇者たちが鍛錬している間に、着々と。
そして ―― 時はついに満ちた。
科学者たちは偉業を成し遂げた。魔王のいる次元まで到達できる装置を、とうとう完成させたのだ。
これは、その装置によって魔王城へと乗り込んだ勇者たちの、勇気ある戦いの物語である……
***
「……魔王城の中は手薄だね。魔物の数が少ない」
そう言ったのは、槍術遣いのエリスだった。女だてらに長大な槍を操り、勇者たちの先鋒を担う彼女は、魔王城を進むときにも先頭を切っていた。一見まともに見えるが、槍を持つと凶暴化することで有名な女性だ。先ほどから出てくる雑魚どもを嬉々として一掃する姿を見た男たちは、一様に「あれは結婚できないな」と思うが口には出さない。
「たぶん~、ほとんどの手勢を皇国うちに回してるんじゃないですかねぇ?」
どこかのんびりした口調で言ったのは魔術師のノル。小柄でころころ太った少年だが、その実魔王軍の『魔法』を研究し自らも『魔法』に似た術を使えるようになった天才である。そして、『次元転移装置』を造った科学者の一員でもあった。
ノルの言葉を聞いた勇者クライスはうなずいた。
「たぶんそうだろう。都合がいい。まっすぐ魔王のところへ行くぞ」
「魔王! 早く会いたいよう、ボクの爆弾効くかな!? 効くかな!?」
場違いにはしゃぐのは爆薬遣いのナット。故郷に魔王軍が現われる前から、『趣味』で爆薬を作りまくっていたという危険人物である。ただし彼女の爆薬は、魔王軍への対抗策として非常に有用だった。……数に限りがあるという難点はあったが。
ちなみに彼女は爆薬の詰まった袋を常に背負っている。そんな彼女の周り一定の距離は人が近づかない。
「ナット、この間のように暴発させるのはやめていただきたい。私の仕事が増えますのでね」
そのナットを後ろから杖でつつくのは治癒師のシャダ。彼の治癒は神の祝福の力を利用しているが、彼に治癒をさせるとなぜが怪我以上の激痛が走ると評判である。
個人個人を見ると何とも変人揃いだが、みな勇者クライス(彼だけは一応まっとうと呼ばれている)の頼もしい仲間たちだ。
次元転移装置でたどりついたこの場所を、彼らが『魔王城』だと考えている理由は、魔王たちが現われているのは間違いなくこの場所からであるという科学者たちの言葉を信じたからだ。
彼らがたどりついたとき、この世界は夜だった。あるいは太陽が存在せず、昼間がないのかもしれない。
外は魔物が多かった。聞くに堪えない奇声をを上げながら襲ってくる魔物たちを相手にする中で、彼らは魔王城を見た。
初めて見る魔王城は、造りだけなら皇国の城に負けない荘厳さだった。
星もない暗い夜空に浮かび上がる重厚な城は、威厳に満ちあふれ、見ているだけで迫ってくるような気がしたものだ。
そして、魔物を蹴散らしようやくたどり着いた内部も美しく装飾され、魔術による灯りもともり、手入れもふしぎと行き届いているようだった。
「もっとおどろおどろしいと思ってましたねぇ~」
「趣味は悪くないってわけだね。なんか悔しいな」
「あれ、エリス悔しいの? 城爆破しとく?」
「貴重な爆薬をそんな理由で使うな!」
そんな会話をしながら、時折天井から下りてくる目玉型魔物 ―― おそらく偵察用魔物 ―― を成敗しつつ、ひたすら前に進む。
入り組んだ造りの城ではなかった。
ただひたすらまっすぐに進んでいくと、やがていかにもな大きな扉の前にたどりついた。
「ここ……なのか?」
不審げにつぶやくクライスの隣で、「ここですよぉ。間違いないよぉ」とノルがのんびり言う。
「どうして分かる?」
「だって『王の間』って書いてありますし~」
ノルは扉に刻まれたいくつかの模様を指さす。繰り返すがノルは、こんなでも天才である。魔王軍の文字さえ把握してしまっているのだった。
それにしても……『王の間』なんて普通扉に書くか……?
「罠かもしれない」
クライスはごくりと唾を飲み込んだ。「でも、入るしかないな」
「先頭は私が行くよ」
エリスがクライスの前に立つ。「雑魚が大量に待っているかもしれないからね」と。
「ああ、頼む」
エリスが雑魚を蹴散らし、シャダを除く残りの三人でボス的な存在を叩く。それがいつものやり方だった。今回はそのボスが、文字通りの『ボス』……魔王になるわけだ。
「さあ……開けるよ」
エリスは槍を手にしたまま、その大扉に両手をかける。
ぎぎぃ……重苦しい音を立てて扉が開いていく――
最後にどかっと足で扉を蹴り飛ばし、五人は中になだれこんだ。
「魔王ッ!!」
しんとした静けさが五人を出迎えた。
―― 誰もいない。
そこはたしかに『王の間』然としていた。上座に玉座があるのだ。
しかし、そこに座る者はいない。
「どこだ、魔王!?」
五人は焦った。まさか今日は魔王が不在なのか。いやいや皇国のほうに魔王が来ていた報告はなかった。今日は拠点にいるはずだと見込んで次元転移をしてきたのに ――
キィ、と音がした。
はっとしてそちらを見やると、大扉とは反対側にある扉が開こうとしていた。
五人は揃って身構える。魔王か ――!?
「……今日は珍しく、骨のある連中が来たんだな」
「……!?」
聞こえてきたのは、欠伸でもしそうな声だった。知らず五人の勢いを削いでしまうほど。
扉から現われた存在は人型だった。いや、人型どころではない。どこからどう見ても人間にしか見えない幼い娘だ。人だとするなら、十歳くらいだろうか。
肌は抜けるように白く、腰より長い髪は輝くほどの銀髪だ。双眸は多くの魔物と同じように赤かったが、そこには凶暴さのかけらもなく、ただ気怠そうな色だけが浮かんでいる。
娘は玉座に座り、高く足を組んだ。
「遅れてすまないな。まさか、ここまで来られるやつがいるとは思ってなかったものでな」
「………」
「さて、面倒な御託は抜きにして早速始めるか」
「………………」
「何だ? それともあれをやれというのか? 面倒くさい客だな、仕方ないやってやる。『どうだお前たち、我に協力すれば世界の半分をくれてやるぞ』」
どこかの物語で聞いたような台詞を吐くが、ものすごく、ものすごく……棒読みである。
おまけに『面倒くさい』と顔に書いてある。
「と言ってもどこの世界も半分は海だからな、OKしても海を渡されること請け合いだぞ。阿呆な取引だ」
「海は生命の源だ! ……じゃなくて、待て、娘!」
「……何だ」
心底うっとうしそうに、娘はクライスを見やる。
視線こそ妙に大人びているが、外見は幼い子どもだ。それを思うと意気をくじかれそうになるが、クライスは何とか踏みとどまった。
おそらく仲間四人も同様に思っていることを、代表して言うために。
「誰だお前は……!」
すると娘は柳眉を不快げにしかめた。
「私が魔王では不満か」
「俺たちの世界を襲った魔王はお前じゃない! 本物の魔王はどこだ!?」
クライスたちの知っている魔王は、何度か皇国にも姿を見せたことがある。こんな幼い子どもではなく、それなりのおっさん ―― いや魔族の年齢などよく分からないが ―― とにかく男だった。
娘はクライスたちを見つめ、しばらく考えたようだった。そして、
「……ああ、お前らは『外』から来たのか」
と納得したようにつぶやいた。
『外』とは次元が違う世界のことだろうか。察するに魔王城のある『こちら』の次元にも、魔王に勝負を挑む別の存在がいるらしい。
だがそんな事情はクライスたちの知ったこっちゃない。
エリスが槍を構え、ノルが魔道書を開き、ナットが嬉々として両手に爆薬を持ち、シャダが杖を握りしめる。
そしてクライスは、剣の切っ先を娘に向けた。
「俺たちは魔王を倒しに来たんだ! 魔王を出せ……!」