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博麗を探せ (修正版)  作者: Manhattan
2/2

一日目午前 動き出す天狗

私事がドタバタで投稿が遅れてしまい申し訳ありませんでした。

さて、一日目午前です。しばらくは天狗と八雲の二つの視点から物語を進めます。


ではどうぞ。



虎の刻(午前四時過ぎ)

妖怪の山


周りを支配するは闇のみ。昨日振り続けた雨は日付が変わる少し前に止んだ。しかし、未だ月は見えない。

その中に、明かりが消えぬ屋敷があった。

妖怪の山を支配する天狗一族の頭、天魔の屋敷である。



「そうか、博麗の巫女が、か。その情報は確かであるな?」

「我は確証のない報告など上げませぬ」

「…まぁそれもそうだな」


就寝中を大天狗の呼び声で起こされた天魔はその報告を寝床で仰向けのまま受けた。

知らせに参った部下は障子の向こうだ。

階級が物言う天狗社会において、天魔に次ぐ権限と力を持つ大天狗。彼は実直で、任務を完璧にこなす。情報収集は天狗でも随一

の早さ、精度も高い。その天狗が言うのだ。間違いない。



『博麗の巫女が死にました』



初めて耳にした時、一瞬状況が読めなかった。


彼女が死ぬはずが。


悠久の時を生き、多くの人妖の生き死にを見てきた天魔にそう思わせるほど、当代は強かった。

そのはずだったが。妖怪と戦い、そして命を落とした。


しかし幻想郷で最大の情報収集力と聡明な頭脳を持つ天狗一族の頭。すぐに理解することが出来た。


「それで、次の博麗の巫女はどうなっておる?」

「それがどうも急死であったため、候補が見つかっていない様であります」

「ふむ」


天魔は体はそのまま、寝起きで冴えない頭をフル回転させ始めた。

たしかに逝去した博麗の巫女はまだ若く、次代を探すのは早急だと考えるのは当然であった。伝説となるような大妖怪と渡り合える力をもつ博麗の巫女となりうる少女を探すのは砂漠の中でアリ一匹をさがすようなものである。そして博麗の巫女を管轄するのは幻想郷の管理人である大妖怪、八雲紫。

今回の巫女の殉死が、八雲紫の想定外の事案という事がこれで確定する。


『八雲紫の想定外の事案』


「…これは使えるな」


そう言うと天魔は身体を起こし、外で待つ大天狗に声をかけた。


「八雲と折衝の場を持ちたい。夜が明け次第八雲の狐辺りに接触してくれ」

「御意」


大天狗は立ち上がるとすぐに遠ざかった。夜明けはもうすぐだ。


「面白くなりそうだ」


無表情のままの天魔の頭の中には一つの謀策が張り巡らされつつあった。


彼の部下である、一人の鴉天狗が育てている筈の、身寄り無き人間の少女。


「この機に、少しは八雲に貸しを作るか」


誰もいない部屋で、天魔は口角を吊り上げた。




◇◇




卯の刻(午前六時過ぎ)

某所 八雲邸


「…八雲藍殿」

「何者か!」


薄暗い縁側でふとそう声をかけられ、八雲藍は一瞬で警戒態勢をとった。

八雲邸の場所を知るものはほとんど居ない。特殊な結界で幻想郷とは隔てており、たとえ大妖怪クラスでもこの屋敷を見つけることは不可能だ。


しかし、知る者が居ないという訳でもない。数少ない幻想郷の有力者は幾度かこの屋敷を訪れていた。

藍は身に覚えのある気配を上空に感じた。


「……天魔様の大天狗殿でありますか」

「はい」


黒い羽を背にした大男が、音もなく庭に降り立っていた。

その大天狗もその一人であった。藍も同じ従者柄、顔を何度も合わせている。

警戒態勢は維持しつつも、藍は声を和らげた。


「早朝から如何されましたか」

「挨拶は抜きにしまして、天魔様より言伝を預かってまいりました。八雲紫様と話し合いの場を持ちたい、との事です」


なぜ今になって天魔が接触して来るのか。

まだあの情報は漏れていないはず


「博麗の巫女が殉死した事について、だとか」


藍は背筋が凍るのを感じた。天狗の情報収集力は幻想郷でも桁外れではあるが、まさかここまでのモノとは。

昨日の事とはいえ、主人以外には口外していない。


恐らく誤魔化しても無駄であろう。情報元を質すのも愚行である。


「…紫様に通しておきます」

「協力感謝します。では、これで失礼いたす」


そう言うと『立つ鳥跡を濁さず』を体現するように飛び去っていった。彼の力ならこの強力な結界も抜けることが出来た。




「天狗の奴ら、何を考えているのだ」


藍はこのタイミングでこちらにコンタクトを取ってきたことに深い疑念を抱いていた。先ほどの情報の真偽を確かめる程度の話ではないだろう。


藍はすぐに八雲紫の寝室へ向かった。


「紫様、起きていらっしゃいますか」


いつもならもう起きていておかしくない時間である。しかし、昨日の事がある。そんなに素直に起きてくれるだろうか。


と、


「…どうしたの、藍」


障子を挟んでいるはずの主人から返答が返ってきた。


「寝ていらしたのなら申し訳ありません。天魔様の言伝をお伝えにまいりました」

「…何と」

「紫様と天魔様で協議の場を持ちたいと。議題は博麗の巫女についてとの事です」

「……」

「天狗は、博麗の巫女が殉死した事を知っている様です。人里に漏れることも思慮せねばならないかと」


幻想郷に住む妖怪は少なくない。その中で、天狗一族は人里に最も近い妖怪であった。出入りの多い彼らであるなら、万が一人の住む里に漏れることも考えられる。人間側で数少ない妖怪と渡り合える彼女の死。そうなれば人里に動揺と不安が広がるのは容易に想像がつく。


「……」

「……」


無言の間が続く。


「…藍」

「はい」


暫くその状況が続いた後、彼女は藍に次の指示を出した。


「天魔にその話、こちらも受けると答えておきなさい。今日の午前中にも屋敷に顔を出すと」

「…はっ」


藍はその言葉が終わるや否や、その場を静かに去った。



◇◇



辰の刻(午前九時半すぎ)


妖怪の山 天魔の屋敷



何度見ても凄い状況だ、と射命丸文はしきりに感嘆していた。



幻想郷の妖怪で最大勢力、天狗一族の頭、天魔。



幻想郷を統べる大妖怪、八雲紫。



その二者が顔を突き合わせていた。


天狗一族の上層部が会議に用いる大広間にいるのは自分を含め僅か五名。


そんな異様な会談の場に、なぜ一介の鴉天狗が呼ばれたのか。周りは、天魔に次ぐ立場である大天狗、そして紫の式神、八雲藍。この四名に加えて自分がいる事が腑に落ちない。


「…こんな場に私は居ていいのかしら」


あまりの心細さに、つい弱音をこぼす。

心の準備が出来ていない。まさかこのような場面に立ち会うとは思っていなかった。


『射命丸、至急式服で天魔様の屋敷に参れ』


上司の鴉天狗からそう言われたのがつい半刻ほど前。慌てて家に戻り、仕事服から公式の場で着用する服装に着替えここへ来ればなぜか天魔直々に自分を待っていたのだ。正直度肝を抜かれた。


『今から八雲紫と会談する。お前も立ち会え』


そして天魔が口を開くとこう言うのだから、状況がさっぱり読めなかった。

で、今に至る。


「……」


頭が痛い。精神的に来そうだ。

心が病んでいくのを自分でも感じていると、天魔が口を開いた。


「八雲紫殿、本来であれば我から窺うべきところをこの屋敷にわざわざおいで頂いてかたじけない。まさか八雲であろう方が我々の願いを聞き入れるとは思っても見ませんでしたわ」


「いいえ、こちらこそこの屋敷にお招き頂き光栄ですわ。素晴らしい御殿ね。さぞかし大勢の手下がいるのでしょう?」


八雲紫が返答する。しかし、両者共にその言葉たちに尊敬の意は込められていない。いわば『社交辞令』である。…それどころか互いに挑発しているようにさえ見える。


大体天魔も天魔だ。こちらから会談を持ち掛けておいて、その相手を自分の屋敷へ招くとは。

どう見ても自分のフィールドで八雲紫と渡り合う、その環境を作りたかったに違いない。


そして八雲紫もなぜその策にまんまと乗ってきているのか。

『妖怪の賢者』と呼ばれし彼女である。天魔のこの術に気づかぬはずがない。


どちらにも何かしらの思惑があるに違いない。

そしてそれは到底相容れるものではないはずだ。

その先に見えるのは、天狗と八雲の対立。

何かの間違いで幻想郷の二大勢力が激突することになれば、天狗も八雲もそして幻想郷も無傷で済むはずなどない。


相まみえる両者の姿を想像して、文はさらに酷くなる頭痛を覚えるようになっていた。



しかし、それと同時に文は先程のやり取りになにか違和感を覚えていた。


「…八雲紫の声が何かおかしいですね」


誰も聞こえぬような小さい声で呟く。


八雲紫と顔を合わせた事は仕事柄幾度とある。しかし、その度に聴いてきた彼女の声とは何かが違うのを文は感じ取っていた。


「…覇気がない?」

 

そう、いつもの彼女であれば底知れぬ妖しさが声に籠るのだが今日のそれは力の無いものに聞こえたのだ。

 

「さて、本題に入りましょうぞ。 …博麗の巫女殉死、真偽はいかに?」

 

いきなり凄い豪速球を投げられた感じのように、文は衝撃を覚えた。

 


「……博麗の巫女が死んだ?」

「…ええ、本当ですわ」

 

紫の肯定の言葉によってさらに文は頭を掻き回された。

彼女が強かったのは文も重々承知しているし、そして個人的な交流もそれなりにあった。

しばらくして、今度は紫が口を開く。


「…だからどうしたと言うのです?」

「我々が次代の博麗の巫女を『提供』致しましょうか?」


「……!!!」

 

なぜ自分が呼ばれたのか、文はこの二言のやり取りで全てを察した。

 

 

あの子を、あの少女を。

文が引き取り今まで育ててきた身寄り無き一人の人間を。

天魔は八雲との取引材料に使う気だ。


 

 前々から天狗の上層部が八雲に毎度一杯食わされて来たというのは文が所属する下っ端の警務部にも伝わるような、比較的有名な話でもあった。

天狗側の人間を博麗の巫女に据えることで人里に対する影響力を広げることも出来るし、八雲に恩を売ることも出来る。

つまり天魔はこの幻想郷の危機を八雲に対する反撃の機会と捉えたのだ。

 

明らかにこれは天魔の策略だった。

 

「……」

 

次に文の心情に沸いたのは怒り、ただそれだけだった。

天魔は一人の人間の少女を、ただの取引材料として、『道具』としてしか見ていないのだ。

文は人間が好きだ。

自らが生態系の中で弱い種族であることを自覚した上で、死に物狂いで短い一生を生きる姿を長年見つめてきた文にとって、天魔の考えには苛立つものがあった。いや、苛立ちと言うよりもはや激昂しつつあった。

 

しかし、彼は妖怪の山の支配者であり天狗社会における最高権力者。下っ端警務部の文に物申す権限などある訳がなかった。

沸き起こる壮絶な怒りをなけなしの理性で抑え込むしかなかった。

 

「…それはどういうおつもりで?」


紫は左手に持つ扇で口元を隠しながら天魔に真意を問うた。

 

「人間側の代表である博麗の巫女の座が空白というのは幻想郷にとって一大事でありましょう。我々天狗の総力をもって『八雲』と幻想郷の危急にお助け致しますが?」

 

天魔は『八雲』の部分を強調した。

多少の害意を込めて、である。

やはり八雲に恩が売りたいらしい。前々から人里の支配権を八雲に要望してきた天狗だが尽く蹴られてきた経緯があった。

ここぞとばかりに反撃する天魔。

その行為に、大天狗の真向かいに居た八雲藍が不快感を覚えたらしく顔を顰めた。そして文と目が合うなり敵意を露わにした。

八雲紫の式神とはいえ、妖獣の中で彼女の右に出る者はいない金毛九尾の大妖狐、八雲藍。その眼光は鋭かった。

彼女の目は『所詮天狗はそんなものか』、怒りと侮蔑の入り交じったものだった。

文は申し訳ない気持ちとともに目を逸らす事しか出来なかった。

自身とて天魔の凶行を許すことは出来ない。

文が育てた少女を道具として扱う彼には敵意を向けざるを得ない。出来るものならこの場で彼の顔面を容赦なくぶん殴るところだ。

しかし組織に生きる以上、その案に賛同せざるを得ない、いや従うしかないのだ。それが階級社会に生きる者の宿命であった。

この場で唯一天魔に意見具申出来る大天狗は表情を変えずただ姿勢よく座り続けていた。


所詮天魔の犬か。


そう思った文だが自分自身もその天魔の犬と思い返すと腸が煮えくり返って。そして悔しくて。一人の少女すらも守れない自分がひたすら憎くて。

文の心情はグチャグチャに掻き回されていた。


  

◇◇


  

八雲藍は、主の命に従うだけの式神である故にあまり激昂しにくい性格であると、自身ながらにそう思っていた。

だが現実は『キレて』いた。

斜め向かいの射命丸文を見ると彼女は怯えるように、申し訳なさそうとも取れるように目を逸らした。彼女とてまだまだ下っ端であり、彼女に怒りをぶつけるのも酷なものだ。

それに文の目にも怒りが見られた。恐らく我々に向けたものでなく、我が主にくだらない提案をしてきた天魔に対するものだろう。

何故彼女がそのような心情を抱くのか、という理由までは流石に分からない。

 

しかし、藍は怒りが収まらなかった。

博麗の巫女が不在なのは、天魔の言う通り幻想郷の危機でもあった。

しかし彼はそれを天狗の地位を上げるための材料として扱ってきたのだった。

 

(いきなり会談を持ちかけてきたと思えばこれか! ふざけるな!)

 

八雲に対する無礼極まりない行為に、八雲紫の式神としても、そして八雲を名乗るものとしても怒り狂っていた。

 

「…『提供』、と申しましたわね」

 

主が口を開く。その言葉に感情は見られない。

 

「左様。我々は博麗の巫女になる器を持つ少女を保護しております」

 

天狗が人攫いをするのはよく聞く話だ。特に子供が狙われるというから人里では天狗に対する敵意を持つものも少なく無い。


しかしそのような情報は初めて聞く物だった。

博麗の巫女は強力な妖怪と対峙する以上優れた身体能力と冷静な判断力、そして『博麗の能力』を引き継ぐだけの度量が必要な故に候補となる少女は滅多に見つからない。

 

「その根拠とは?」

 

主が問うた。

 

「まず非常に強い霊力を幼きながらにして持っております。育てようによってはまだ力の伸ばしようがあるかと」

 

さらに天魔は続ける。

 

「…そして人間としては異端な能力、『空を飛ぶ程度の能力』を保持しております。対妖怪戦においては有効なものかと」

 

その言葉に藍は衝撃を受けた。主は扇子を音を立てて閉じる。

 

「…ほう?」

 

 

『人間が空を飛ぶ』

 

その事がどれだけ異常な事なのか、そして有り得ない事なのか。妖怪が空を飛ぶことが当たり前の幻想郷において子供であれど周知の沙汰であった。それが常識だったからだ。

 

その能力を、その少女は持っていると言う。

半ば信じられないことであった。今までの博麗の巫女はいくら霊力があれど空を飛ぶ事は叶わなかった。特殊な人間である歴代の博麗であれどそのようなことは出来なかった。


つまり、彼女が博麗の巫女となれば『歴代最強の博麗』となり得たる事を示していた。

しかしその提案には重大な欠陥があった。

 

しばらくの間を空け、天魔が我が主に回答を促した。

 

「…如何かな?」

「お断りいたしますわ」

 

そう、その提案は八雲には飲めない。


もし彼女が天狗の思想に染まっていたとしたら。そしてその彼女を博麗の巫女に据えれば。

それはすなわち天狗の人里に対する影響力の増大を八雲が受け入れるという事だった。

 

それだけは絶対に避けるべき事態であったからこそ、主の即答はあったのだ。

 

「それは如何してであろうか?」

「…それは貴方の心に問いかけたらどうかしら?」


主はそう切り返した。天魔は目を丸めると、ハッハッハッと笑い声を立てた。


「流石は妖怪の賢者、見抜きおったか!」

「お褒めに預かれて光栄ですわ」


相変わらずの無表情な主に対して、天魔はそうかそうかと頷いた。


「まあいい、しばらくは返答待ちますぞ。何かあればいつでも」

「ええ、お世話になることが無いよう努めますわ」


そう言うと主は立ち上がった。

手を中空に差し出すと、自らの前にスキマを作り出した。


「藍、帰るわよ」

「…はっ」


主は直ぐにスキマへ入り込んだ。続けて藍が入ろうとした時である。


「…しかし、そのお世話となる時は近いやもしれぬの」


その声は重々しいものだった。天魔の声である。

藍は、何かまだ考えがあるのかと訝りながらも「藍、まだかしら?」という主の声がスキマから聞こえるので急いでスキマへ足を踏み入れた。



◇◇



「―――――――近いうちに幻想郷の秩序は乱れる。その時が狙い目よのぉ」



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