そのスペルダスト 『ニュートライズド』 2
その昼、紗宮シナツはうつ伏せで寝ていた。学食で安くきつねうどんを胃袋に流し込み、自分の席で陽光を浴びていた。──背中に。
「つまんねえな」
高等学校というものはつまらない。期待を膨らませて入学して早一年、気がついたのはいつごろだろうか。
日に当たっていると喉が乾き、そして自分の過ごしてきた時間にも乾きがあった。
クラスの中心に立つものは猿のように喚く連中ばかりで、中学時代とは何も変わらない。何かに打ち込んでいることもなく孤立する自分、部活に熱中する者は部活に熱中するもの同士でコミュニティを作り集団となる。
目に見えない障壁が幾重にも交差するのは中学時代より強く、皆思い思いの仲間と固まり時を過ごしていた。
「……」
自分にあったのはVRゲームだった。もはや珍しくもなくなった代物。紗宮が物心付いたときにはその技術の核は完成しており、個人の娯楽として普及したのは十年も前にはならない。
熱中したその媒体に対する世間の目は良いモノではなかった。現実と空想の区別がつかない人間や、非公開拡張データによるホログラムハックの個人的な売買や、対戦を通してのリアルマネートレード等々が現れ、もはや人格や常識に問題のある人間に対するコンテンツという視線がどこかにある。
「ゲームなんかに打ち込んで得るものはない」
厳格な親に嫌気がして遠方の高校へ入学し、今は貸家でゲーム三昧。こうして自分のしたいことを思う存分して、学業は留年しない程度にこなす。
だが、この生活を一年続けて得たもの……高校生らしい思い出というべきか、一緒に何かを競い合える友人も居なければ、異性との交友もなく、孤独で灰色の青春を紗宮アキツは過ごしていた。
(そう思えば、オヤジの言ってたこともあながち間違いでは無いのかもな)
孤独感に胸を押しつぶされそうにもなる。そんなときには、あんな猿共と語り合えるか……そう言い聞かせて『ダイブ』するのだ。
「……」
蟀谷に指を添えて目を瞑る。そう、この感覚だ。あの感覚を再び味わいたい。安っぽい冷凍モノ臭い学食なんて味合わず、あの高揚感──忘れる訳が。
「おいアレ何してんだよ」
「頭痛か何かじゃないの?」
その姿を見て、周囲の男子学生が紗宮を指差して言う。垢抜けた雰囲気の生徒達だった。
「……」
良い気分はしなかった。だが、アレも猿だ。知能指数の低い喚くことしかできない連中。頭が悪そうに油分を含んだクリームを毛髪に塗りたくり、性欲のままに女子生徒を口説く雄猿。
(ああいうのは俺に一生勝てない。ゲームで競い合えば絶対に勝てない。何も取り柄がなく、ああして群がらないと自我も保てないんだ)
肚の中で喚く紗宮。悪意の視線を背中に受けながらも紗宮は下唇を組んだ。
「ごめん待ったー?」
そう言って頭の悪い男子生徒らの元に現れたのは、異色の雰囲気を纏う女子生徒だった。比較的高い鼻ときれいな口元、切れ長の目つきをしながらも愛嬌のある仕草で美人系とも可憐系とも言い表し難い女子生徒で、やや別格。そう形容できるような人物だ。
「よう水原」
「……何で盛り上がってたの?」
「いや彼処の地味なのが指頭に当てて交信してたんだよ。宇宙人か何かと。ヒョロガリだし」
「……そう」
僅かな沈黙。氷の鳴るような声で、その少女は切り出す。
「昼休みもうすぐ終わるからね! 急ご!」
そう言って、女子生徒と男子生徒らは紗宮の見える範囲からは去って行った。
(高嶺の花とはああいうのを言うのか……まあ良いや。昼からは寝て過ごせる)