そのスペルダスト 『ニュートライズド』 16
その数日後のことだ。妙に騒がしい校舎の一角、熱く語られるのは予選の事。キングスウィング予選のベストバウト集だとか、そんな注意を引きつけるタイトルが非公式ファンサイトにまとめられており、中でも異色の光を放っていのは「王の凱旋」と大袈裟なタイトルをされた記事だった。
かつてのちからを失い失墜した王。その王が、再び立ち直り「昔」にすがらず「今」を歩み抜く様は、かつて彼を慕っていたファンを引き戻すには十分な出来事だった。
「リザってやっぱ最強だったんだな」
「んなわけねえよ。結局予選落ちで次の周の本戦にも出れてねえじゃんか。雑魚だよ雑魚雑魚」
「うーん。いや、お前も予選落ちじゃん?」
「……まあ、そうだけどよ」
やや高価な娯楽で、高校生程度の財力ならば買い揃えることは難しいにもかかわらずVRゲームはニッチな人気がある。そんな、やや癖のある少年らが休日あったキングスウィング予選について語り合っていた。
「いやーでもリザも良い引き立て役に出会えてたよな」
「引き立て役?」
「ほら、スピラ? だっけか。単調なコンボフェアリー使ってドヤ顔してたミストヴァイトの。因縁の中だとか、そういうドラマチックな演出でも無かったら、今頃ニュートライズドの中で浮き上がれない老害の一人だったさ」
「……」
自分を打ち負かし、ニュートライズドをリザに教えた人物。復讐と敵意。それを真正面で受けつつも彼女に勝利したリザ。よく出来た話でファンサイトでは微かに語り草にもなっていた。
「ミ、ミソギ……顔色大丈夫?」
「っへ!?」
いつの日かの誰かの様に、スピラという名前が出る度その女子生徒水原ミソギは冷や汗を溢す。
対戦になったら口調変わるよね~だとか言われ妙に思う節があるのも事実だったが、何よりこういった群衆、話題性だけで擦り寄ってくる野次馬にミストヴァイトが潰された記憶がフラッシュバックするのだ。
(目立つべきじゃ無かったか……)
自己否定に打ちひしがれる様なかすかな感覚。革製の鞭か何かで精神を司る臓器を逆撫でされているような悪寒だった。
腕を組み直し、背中を壁につける。視線を下げて深呼吸するように落ち着こうとする。周囲の音をシャットダウンするのだ。あそこで喚く、中堅以下のプレイヤーの声も、自分の周りで休日をどう過ごしたかを語る垢抜けた仲間の声も──
「うーす」
しかし、水原の迷走もそんな声に遮られる。気だるげでボソボソとした喋り方をする男。見知った憎むべき人物。
(紗宮ァ……!)
固く拳を握って敵意の炎が瞳孔の奥で揺れていた。だが、その中にも自分の足場が崩れ落ちそうな不安感──ここで何か起こせば、また祭り上げられる。また、心無い言葉で私も、ミストヴァイトも、対戦相手も巻き込んで……
その視線に気づいたのか、ボサボサの髪の奥の目。紗宮アキツが水原に視線を合わす。
一瞬射竦められたように男は硬直した。それを邪魔そうに横切っていく生徒が2人ほど過ぎてから、紗宮は再び歩を進めた。丁度、ダストレイジ関連の雑談をする生徒たちがスピラの話題を始めた辺りからだ。
「……何?」
垢抜けた生徒らの集団付近まで、場違いな明らかにカースト下位の男が歩みよって来ていた。紗宮は片腕だけで背負うリュックの肩掛けを握り、もう片方の腕を軽く握り胸の前の高さまで伸ばしている。
「……何なのアンタ」
「ナイスファイトだった……それだけ。もう俺はアンタらと関わる気も無いから」
「……」
アンタら、という紗宮の言葉に周囲の学生は「何なのアイツ。そもそも語ったことすら無いし」とそう小言を漏らす。
そうだ。語る気なんて一切無い。だが、その彼の放った──紛れもなく憎き相手が放った賞賛の言葉が、今にも膝が砕けてくたばりそうな水原ミソギの支えとなったのは紛れもない事実だった。
力んだ拳を解いて、彼と同じように軽く握る。それを相手の拳になんとなく当ててやれば紗宮アキツは満足したような、それでいて何処か思うようになっていないような微妙な顔をして逃げるように去っていった。
(いつか勝ってやる。その何時かが来た時には──必ず)
間もなく朝礼のチャイムが鳴る。その日、水原ミソギは珍しく授業中落書きやふて寝をしてはダストレイジのPvPのことだけを考えていた。