そのスペルダスト 『ニュートライズド』 15
予選──
金曜日の夜から土曜日の夜まで続く電脳世界の闘争、キングスウィングマッチ。
同じIPのPCとのマッチング以外のランダムマッチングで一期一会の戦闘を行い、その勝ち星を一定数稼ぐことが本戦へと進むための必須条件だ。
アリーナの受付や控室ではホログラムの様に投影されたコロシアムの戦闘風景を映し出し、様々なPCが力と技をぶつけ合っている様を大衆に見せていた。
「妙に盛り上がりを見せるな」
魚神がそう言って腕組みをして斜め45度上を向く。
そうだな、と漏らす様に言う銀髪の吸血鬼。腰に携えた刀剣の柄に掌を添えて魚神と同じ方向に視線を移した。
丁度3Aコロシアムの1on1戦が流れている最中だ。以前までのアリーナじゃ、見ることもなかった弱小なスペルとその応酬。全てがニュートライズドがもたらした対戦環境だが、この変容した対戦環境だからこそギャラリーが湧くのか。
派手なだけでは客は付かないものだと、その吸血鬼アルカ=D=ケーニッヒは独り言ちた。
「あーあそこでシャッフル使うのか」
「上手いな。転生1回もしてないみたいだが」
発見と高揚感。PvPを齧ったことのある人間は、そこで繰り広げられる技と技のぶつかり合いに固唾を呑んで見守る。練りに練り上げられた動きと技。同じ行動、同じスペルでしかないのに性格やスタイルと言うものがにじみ出るような不思議な感覚を二人は感じ取っていた。
コイツは雑だが、強い。
コイツは丁寧で正確。
コイツは……よく分からん。
注目を集めるのは単なる魅せプレイだけじゃない。大胆にリソースを吐いた行動……一見リスクリターンが噛み合っていないようにも思えるが強い印象を植え付け、”流れ”を掴む一手。ギャラリーの湧きを自分の力に変えて、時には格上を食うこともある。
どれも今までのアリーナじゃ見えもしなかった光景だ。
「お、おい! あれ!」
そして、湧き上がる熱気の発信源はプレイだけではない。マッチアップ。ドラマチックで因縁めいたそのマッチングは、時としてそれだけでログイン人数を数千も上げることがある。
「スピ……ラ?」
「リザ──グランツッ!!?」
B12のコロシアム。そこで相対するのは白髪のフェアリーPCと、隻眼の黄金ヒューマン。
短剣に片腕を添え、碧眼から殺意を放つスピラと顎をやや掲げ上げ虎の様な眼光で視線を下ろすリザ。
既に沈黙していたリザ=グランツの敗北神話。灰となったそこへ、新たなる火種が焚べられた瞬間だった。
「何のつもりだ?」
「縁起か何かだろ。それとも、運営が人空気でも読んだか」
「管理者は人間だぞ。人工知能が管理するオカルトでも信じているつもりか?」
「ロマンはあるだろう」
試合開始のカウントが100を切った。
周囲から湧き上がる熱気には、どこか冷めたものもあったがそれでも一時の歴史を刻んだ男に皆は興味の視線を外すことは出来ない。良くも悪くも、帝王と呼ばれた男。身ぐるみを剥がされたその男に宿り、残るモノ──
Get ready──!
同時に展開する透明の障壁。互いのLvが揃えられ、転生によるステータス補正が取り払われた。
先に動いたのはミストヴァイト、スピラ。凄まじい短剣攻撃によるラッシュでリザに防御姿勢を強要させていく。
「凄まじい猛攻だな。でもあれじゃMP切れなり、スペルの再リロードなり起こしてリソース切らして息切れするんじゃ……」
「いや、ああ見えて環境侵食系のスペルを切っている。恐らく何かしらでリソース補給をするタイプのだろう。毎秒デックから何かしらスペルを供給して継続的にダメージを与えるタイプのデックか何か、か」
「よく分かるな」
関心する魚神にアルカはああ、とだけ答えて映像に食いついていた。
(おかしい。あんなに開幕猛スピードを仕掛けるもんならリソース切れを起こして息切れするもの……なのに!)
ラッシュを続けるスピラ。序盤とは思えないほどの超高速の乱打は勢いを衰えさせて行くどころか、更にその回転速度は増している。
「何か作でも用意してるかと思ったが、拍子抜けだなァ! 帝王ォォォー!」
斬撃が来る、そう思わせてからの低い打点の足払い。天地逆さまに浮かせられたリザの胴部に、スピラの鋭い掌底が刳りこんだ。
『おぉーーーっと! ここでクリティカル! コンボの完成度、練度もスピラは帝王に勝るのかァ!?』
解説のけたたましい言葉が鳴り響く。
円形コロシアムの端に出る瞬間、宙空で姿勢を整え刀剣を地面に向かって突き刺す。スパイクの様に食い込んだイズナラクを握りしめ、場外へと出るのを回避したリザ。視線を上げれば幾重にも浮かんだ光の弾と同時に攻め込むフェアリーの姿があった。
逆光。それに視界を奪われながらも、咄嗟の迎撃でスピラをリザは弾き飛ばした。
「なァに気持ちよくなってんだよ」
手の甲で口元を拭いながらも立ち上がるリザのライフは既に半分を切っていた。
「軽口を叩く余裕があるようなら、叩き切るぞ」
「やってみろッ!」
機動力補助のスペルを使い、空間を大胆に駆け巡った接近。どれも大胆過ぎて、ネタにしか思えない動きだがスピラはその勢いを止めずリザを360度どの角度からも素早く乱打を与えた。
「防いでみろォ! リザ=グランツ! 帝王と呼ばれたァ……その威光でェ!」
「……」
もはや残光が球状になってリザを捉える。致命的なダメージのみに絞った最低限の防御。残り少ないライフを犠牲に行った現状維持以下のその行動は、最終的にリザの生存時間を残り僅かとさせるものだった。
「なんだよアレ……反則じゃ……」
「気付け、リザ……」
結局成り上がりの屑だった、とギャラリーはリザらの画面から視線を逸しまた別のコロシアムの風景を眺め始めたところだった。
数分後……いや、数十秒後にリザの敗北を悟ったかの様に魚神が落胆している。その中でも、アルカはただひたすらにリザの姿を目で追っていた。
(そう言えば、フェアリーの練習相手なんて居なかった。ずっとヴァンパイアとビーストとの草試合……)
「そろそろトドメを刺すッ!」
(いくらアイツらとやり合っても、こういうマジな奴には勝てないのか……)
「良い悲鳴を上げてくれよォ!? リザ=グランツゥゥゥ!」
(装備を携え、この日に備えたのに、もう二度とあの翼は俺の元には──)
「それが、それこそが今は亡き友への手向けだァァァーーー!!」
(人望……それが、帝王と呼ばれていたそれこそが俺をこうして、こうさせて──)
その刹那だった。勝ちを確信し、僅かに見せた脇の甘さにリザは身を弾け飛ばしスピラのトドメの一撃を回避した。
『HP残り3%。ここからどう切り返すのか帝王はァ!?』
喘ぐように吐く息と、脳幹に焼け付く口渇感。きっと、現実の自分はビシャビシャになっているだろう。
「延命ェェーーー! 遅いッ!」
空かさず、逃さぬスピラの一撃。野獣のように殺意に飢えた鋭い突きをリザは”殴った”
短く力強い中段突き。短剣タイプの軽めの武器の攻撃は軽く、幻滅に言えば内部処理される攻撃優先度は低い。対して、リーチが短く、重い攻撃は攻撃優先度が高いとされる。リザのその一撃は、そこを突いた打撃だ。
「なんだアレ?」
「マグレだろ」
だが、短剣による突き以外にも攻撃手段はある。対角線上に攻撃をぶつけなければ優先度判定による打撃処理は行われない、つまり上下左右による斬撃か或いは同様に優先度の高い肉弾戦。そして、少しだけタイミングをずらした突き。
スピラに焦燥感は無かった。むしろそこでこそだと交感神経を駆り立てるものだった。心地よい不快感。その先に見える勝利の余韻はもっと巨大な物になる。
(私は──この男に勝つッッッ!)
様々な角度からの攻撃を、確実に的確に突いた迎撃。短く重い打撃がスピラの剣先を捉え相殺させている。時には防ぐことの出来ない蹴りなどには身を翻して回避するリザ。生存本能のまま、ニューロンの物質を爆裂させている最中だった。
「気づいたか──リザッ!」
「アルカ!? これはどういう!?」
そのギリギリの防御に驚愕するのは魚神だけではない、周囲の──数日前からずっと帝王リザ=グランツを罵り笑い者にしていた人間らが、あんぐりと口を空けて頭部を空間に釘付けにされていた。
「リザ=グランツ。アイツは”点の読み”を通すことだけには長けている」
「点の読み──」
「一点読み……リスク顧みず、その場の攻防だけを当てるセンスとでも言うのか、長い目で見ればそんな安定性に欠けるやり方しようもしない。だが、あの帝王は、そのセンスを純度の闘争本能だけで磨き上げているんだッ」
──窮鼠猫を噛む。圧倒的な力を振りかざし、弱者を屠ってきき続ければそんな場面や経験を浴びるほど受けてきた。帝王たるもの、己に噛み付こうとする愚者の牙をも折るものが強者。それが、今のリザ=グランツ残りわずかのHPを支える嗅覚となっていた。
苛つき始め、大ぶりで粗い攻撃となるスピラ。癖となっている攻め方を変えなければ、残り3%のライフバーを削りきることは出来ない。
新しく試す攻撃方法──瞬時に思いついたそれを実行しようとした時、スピラは僅かに失速していた。思考に気をめぐらし、本来のパフォーマンスを落としていたからだ。そして、リザはスピラの剣戟から逃れ行き着く先は──宙に浮かぶ光の閃光弾。
「やめろォォーーー!」
リザの放つ斬撃が光の弾を分断する。同時にスピラの動きは更に鈍くなる。枷を付けられた如く、鈍足に、地に吸い込まれる様に。
「気づいたのは攻撃優先度の処理だけじゃない、あのスピラと呼ばれるPCの無尽蔵に供給されるリソースの源──その核に」
(身体が軽い──そうか、既に試合開始から長い時間が経っている。MPの自動回復にも加速がかかって、MP消費の激しい重いスペルを乱用できるってわけか!)
機動力補強スペル。MP消費の激しいスペルは反面、リロード時間が短い。MPさえあれば乱打が効くのが軽いスペルとの違いだ。対してスピラの扱う軽いスペルは、MP消費が少なく序盤からラッシュが可能なものの、リロード時間が長い。そこのリロード時間を補うのが浮かぶ光の球体。
MP消費が軽く、そしてリロード時間の少ない回転力の桁違いな乱打が出来るコンボギミックだ。
(球体形成にはスキが生じる……序盤の手札の揃わないタイミングじゃないと貼れない──それに、重い!)
リザのデックは単純なものだ。序盤からある程度対応でき、バランスよく中量、重量スペルを取り入れたスペルデック。その一つ一つが単体で強く”単純に強い”を形成している。
ところどころで放つ無敵時間の伴う反撃攻撃。スピラの放つ残り3%を削るための荒々しい攻撃を”点”で読み取り見切るリザ。
「なんで? なんでなの!? 私は、私はァ!!?」
ボロボロと崩れるような立ち回り。スピラの雑な攻撃に、リザは思考を研ぎ澄まして確かな行動を──最適化された身のこなしで反撃を入れていく。
靭やかで無駄の無い一撃。淡々としているが暴力的な一撃によるダメージは以前の馬鹿げた……グランヴェイルによる一撃の様な桁をしたダメージではない。だが、その姿を見る度に周囲は──ギャラリーの胸には帝王という言葉が沸々と、そしてはっきりとした輪郭を持ち出し始めていたッ!
「リザァァァーーー! グランツゥゥゥーーー!!」
順応されたことを自覚しないスピラではない。出来る限り”密度”のある乱打。軽いスペルを貯めこむことで圧殺する方向に舵を切るスピラ。
「スゥゥピィラァァァアーーー!!!」
対して一気に攻め込むリザ。どれもが重く、そして力強い帝王の一撃がスピラを捉える。
このスピラの溜め込みの立ち回りは、その分の放出までは牽制が甘くなる。漬け込まれるのは必然で、それを今度はスピラが防ぐ側だ。
スピラのライフが1桁を下回った。
白熱して、ムンムンとした分厚い熱気。そんな空気の質を演出する機能なんて無いのにアリーナの中にはそんな生々しいナニカがある。アリーナの中の皆はそんな陽炎の様な錯覚に溺れているようだった。
「フゥー……フゥー……」
「ハッ……ハッ……」
もはやその吐息がどちらのものかもわからなくなっていた。頭に登った血が、リザの猛攻がリソース管理を超えた物となり、もはやMPもリロード時間も重なり通常攻撃しか出来ない状態。
対してスピラも二つ目の勝利プラン「貯めて圧殺」をしようにもリザのラッシュにより牽制にリソースを吐き、そのプランも十分に──いや、それすらも出来ない状態だ。
「潰す……潰す……潰すゥゥ!」
「やってェ……見やがれェェ!!」
互いに集中力の切れた最後の一撃。互いの決死の特攻。もはやそこには策も何も無い、ただ「勝ちたい」という意志だけが込められた単純なスペルも何も無い一手。
(ゆらりと、残像を描いて……俺は──負けるのか、勝てるのか)
どこか俯瞰し、先を見据えたような悟りの視界。
沈黙する漆黒の空間。眼下に広がる青黒いモノが地平線──水平線の様に分担される。
闇と闇──縁と淵。
『ナンジハ──ナニモノ……カ』
頭蓋の中で響く言葉──無機質だが、真に迫るような圧。
「俺は」
『ワレハ』
「俺は」
『テイオウ──』
「俺はァッ! 帝王リザ=グランツッ!」
立ちくらみのようにして広がる白いような黒いような視界。上部にはリザ=グランツWINとの文字と、下にあるのはくたばったスピラ。
『ソレデコソダ』
歓声。帝王、という懐かしいコールがリザの勝利を祝福していた。その中心で、喜を受けるリザの胸の奥には虚空のような灰色の何かがあった。
「あの声は──」
それは既視感、そして畏怖。そして──興味。